No.469(Web版119号)2

 時代を超えて読み継がれる「銀河英雄伝説」

 中村達彦

 NHKEテレで、月曜日夜11時にアニメ「銀河英雄伝説」が放送されていた。
 同作は、田中芳樹によるスペースオペラで、徳間書店で発表され、87年に完結。本編10巻、外伝5巻で構成された(現在は東京創元社から刊行中)。88年から一度アニメ化され、今回は二度目になる。コミックやゲームにもなっており、出版社を超えて版が重ねられているヒット作品だ。
 ストーリーは現在から1500年未来、人類は宇宙に広く進出したが、政体は銀河連邦からゴールデンバウム王朝銀河帝国に変わっており、これを良しとしない圧政からの脱出者や亡命者で民主主義の政体自由惑星同盟が樹立。1世紀以上、覇権をめぐって戦いを続けていた。
 そんな時、銀河帝国では、姉を皇宮入りさせられた金髪のラインハルト・フォン・ミューゼルが武勲を重ね、頭角を現すようになる。彼の目的は、愛する姉を奪った王朝や権力への復讐であり、彼と志を同じにする人材が集まってくる。
 一方、自由惑星同盟にも、黒い髪が特徴で、戦争は嫌いだが、無料で歴史を学ぶため、軍に入ったヤン・ウェンリーが頭角を現し、彼のもとにも人が集う。
 ラインハルトとヤン、2人は戦場で出会い、互いを意識し合うようになる。2人により歴史は大きく動き出していく。更に、銀河帝国と自由惑星同盟に挟まれた自治領の暗躍や、かつて人類の活躍の場で、現在は忘れ去られた地球の存在も描かれていく。
「銀河英雄伝説」は、ワープ航法を可能にした宇宙艦船同士の艦隊戦がメインであるが、地表の陣形や補給が、宇宙でも反映されており、またサイボーグやクローン、超能力などの超技術も登場しないし、当時普及していなかったネットや携帯電話も描かれていない。
 田中芳樹が精通していないこともあり、ハードウエアについても巻を重ねるごとに薄くなっていく。
 そのためSF作家などから、「銀河英雄伝説」はSFではないと辛辣な声が発せられた。
 しかしキャラクターの織り成す、采配や謀略を含むアクションや行動、交わされる台詞には、SF小道具を凌ぐ魅力がある。作品では長い宇宙史が語られており、民主主義にも多くの問題があり、両陣営に、良い奴もいれば、嫌な奴もいる。我々の生きる世界に相通じ、考えさせることが多々ある。
「銀河英雄伝説」が始まった82年頃、徳間書店では、荒巻義雄のスペースオペラ「ビッグウォーズ」があった。
 未来、太陽系に広がった地球人類が神を名乗る敵と神人戦争になるストーリーで、本編4巻、外伝3巻が発表された。
 また鶴書房から出たスペースオペラで、ベンボバの「星の征服者」がある。私は何度も読み影響を受けた。
「星の征服者」は、宇宙人ベーカーマンの1人称で語られる。未来の宇宙で、爬虫類型の種族ソウリア人に地球は攻められ、劣勢に陥る。しかし地球人の青年ノーランドは、新しい地球軍を編成し、反撃を開始する。
 司令官に就任したノーランドは、実は超能力者のアランや他の新進気鋭の若者を友とし、他の星々の種族と同盟を結び、ソウリア人と戦い版図を広げていく。次第に銀河帝国を巡る壮大な秘密が眼の前に明かされていく。スケールが大きい物語だ。
「ビッグウォーズ」や「星の征服者」のような作品と思ったが、「銀河英雄伝説」は独自の面白さを持つ物語であり、3巻が出た後に徳間書店並びにSFアドベンチャーでも看板作品となり、87年に本編終了。翌年、アニメ化され、本編外伝併せて100巻以上の大作になっている。
 Eテレで放送された二度目のアニメは、スタッフ・キャストが違うが、ストーリーの流れは87年の原作通りであり、大まかな変更は無い。ちなみに9月までEテレで放映されたアニメは原作の2巻までの分だ。
「銀河英雄伝説」は、その面白さから多くのファンを得た(私もその1人だ)。
 最初1巻が出た時、ヒットするかわからず、2巻が出た時、10巻の構成が決まったそうだ。最初から10巻の構成でスタートしていたら物語はどう違っただろうか?
 また様々な登場人物がドラマを演じるが、対立の焦点とでも言うものを感じさせる。
 ラインハルトには幼い時から付き従う腹心の友キルヒアイスがおり、ヤンには養子になった少年ユリアンがいるが、2人は、主人公に忠誠を尽くし、非凡な才能を持つが、その運命は対照的である。キルヒアイスはラインハルトに疎まれたことが間接的になり、2巻で退場となるが、ユリアンはヤンから多くを学び、後半では第3の主人公といえる存在になっていく。
 田中芳樹は、マンガやアニメのファンである。「銀河英雄伝説」完結後のあとがきで続編は書かないと明言した上、執筆中に来た読者からの「キャラの誰々を殺さないでくれ」との助命嘆願についても丁寧にコメントしており、読者と真摯に向き合っている。
「銀河英雄伝説」が完結した後も、南アジアをモデルにしたファンタジー戦記「アルスラーン戦記」や現代日本を舞台にした伝奇「創竜伝」、性格が悪い美貌の女性警察官僚が怪奇生物を叩きのめす「薬師寺涼子の怪奇事件簿」などのシリーズを書き、ヒットを飛ばしている。キャラクターは魅力的で、文章は字でマンガを読んでいるといっても良い。
 他にもヨーロッパや中国を舞台にしたり、新たにSF世界観を構築した小説なども発表しており、「銀河英雄伝説」1本のヒットに終わっていない。他にもアニメ化された小説は多くあり、その影響を受けた後続作家は少なからずいる。
 現在、田中は執筆途中の作品について、続編を書いている。いつまで書くか不明だが、「銀河英雄伝説」はこれからも読み続けられていくだろう。

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No.469(Web版119号)1

 SFマンガ レインマン(星野之宣作)についてあれこれ

 by 渡辺ユリア

2019年のSF大会の星雲賞候補作の『レインマン(全7巻)』を最近友人から借りて読みました。・・・母の死をきっかけに主人公雨宮瀑(あまみやたき)の運命は激変する。彼は大学生だったが、超心理学研究所という怪しい職場で働くことになり、存在すら知らなかった双子の兄が突然あらわれた。そして…、というサスペンス風の物語…と思っていると次第に世界が広がってゆく。レインマン(雨男)というのはどんな存在か?そういう知的な想像力をしげきしてくれる壮大な物語であると私は思います。
 ぜひ読んでください。               yullia 2020.9.21

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No.468(Web版118号)3

 ザ▪ムーンの思い出

 加藤弘一

巨大ロボットの大御所と言えば横山光輝大先生であろう。
鉄人28号、ジャイアントロボ、バビル二世のポセイドン、マーズのガイヤー等の数々のロボットを産み出し、何回かの巨大ロボットブームを支えて来た。
そのブームの中で様々な漫画家が巨大ロボット物に挑戦した。
手塚治虫のマグマ大使、魔神ガロン。水木しげるの巨大クジラロボット。
石森章太郎の大鉄人17(ワンセブン)等々。
そして、永井豪のマジンガーZをはじめとする一連のTVアニメシリーズ。
これらの作品は大抵一人のパイロットにより操縦されるタイプだった。
それ以外に複数の人間により動くロボット物もある。
9人の少年少女の心が一つになる時、額の九つランプが全て点灯し無敵のロボットとなるザ▪ムーンはジョージ秋山の作品である。
国家的予算を投じてムーンを作り上げたのは頭がチ◯ポの形をした魔魔男爵。
とてつもない資金を持つ男爵はおそらく正義の人ではないが、正義をなすには何が必要かを考えたのだろう。そして、子供達の心こそそれに一番近く、その数を9人と定めたのだ。
設定がこうだからして、ムーンの敵は悪ではなく己の正義を持つ者たちである。
敵は自らの目的遂行の妨げになるムーンの強力な力を恐れ子供たちに襲いかかって来る。
結果色んな意見を持つ子供達も、仲間を守る為ムーンを動かそうと心を一つにして戦わざるをえなくなるのだ。
しかし、いかんせん9人の心を一つにすると言う状況を作り上げたのはかなりしんどい事で、一人拐われたり疲れて気力が落ちただけでムーンは動かなくなってしまう。
これを上手く切り抜けさせるのがストーリーテラージョージ秋山であるが、読んでいてもどかしい思いにかられたものである。
結果的に最終回、子供たちが次々と倒れムーンは動けない為に作動油の涙を流し続けると言う消化不良のようなラストで終わる。
教訓的な終わり方はたまには良いが、ジョージ秋山の漫画はけっこうこの手の終わり方が多いので、別のラストが見たかったと思う今日この頃である。

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No.468(Web版118号)2

 SF essay

 川瀬広保

 コロナは蔓延している。とうとう浜松にもクラスターが発生した。全国ニュースのほとんどトップにそのニュースが出ている。浜松城がライトアップだ。まず、黄色に、もっと感染者が多くなれば赤にするという。だが、我が家からは浜松城は見えない。見えたとしても、双眼鏡の大きなものでも持ってこなければ、黄色か赤かわからないだろう。アクトタワーの方がいいと思う。アクトは市が関係していないからだめなのだろう。

 さて、先月にも書いたが、五島勉氏の「ノストラダムスの大予言」に1999年7月に人類は滅亡するということになっていたが、7月が過ぎ8月が過ぎても滅亡しなかった。だが、どこかに書いてあったように思うのだが、2020年または2023年にずれこんだのではないであろうか。そうだとするとこのコロナの蔓延がその予言だったのかもしれない。
 人は予言が大好きだ。大相撲でどちらが勝つか、あなたの未来はどうなるか、みんなこの手の話は大好きである。未来には二つあって、一つは単純未来、もう一つは意思未来である。明日は金曜日だとか来年は2021年だというのは変えられない。だが、明日東京へ行くつもりだというのは、突然台風が来て、新幹線が止まるということがなければ行くのだろう。
 コロナもみんながマスクをして、外出を自粛して、三密を避ければ、感染者数は減っていくのだろう。その辺は人類が滅亡しないための意思未来である。
 It will be Friday tomorrow.
 明日は金曜日です。
 I will go to Tokyo tomorrow.
 明日、東京へ行きます。または、
 I won, t go to Tokyo anymore.
 (コロナが収束するまでは)
 東京へはもう行かない。
 これは強い意思未来である。
 前者は地球が太陽の周りを公転するのをやめたとか、自転もやめたということでもなければ、明日は金曜日である。変えられない。
 後者は台風が来ようが、新幹線が止まらない限り、その人の意思で東京へ行くのである。
 コロナもウィルスにかからないために、マスクをして、手洗いをして、密集を避ければ感染者数は減るのだろう。ただ、日本の多くの人は言われるようにしている。それでも、コロナは蔓延し、毎日がこのニュースである。ノストラダムスの予言が実はコロナだったとならないようにするために、未来は意志で変えられると信じたい。
 ドラえもんも言っている。「未来は変わるからね」のび太が一生懸命勉強すればテストの点がアップし、成績もよくなる。ドラえもん頼みだと一時よくなってもすぐまた成績が下がり、居残りも多くなる。
 意思によって未来は変わるという考えと、未来はもう決まっていて変えられないという考えもある。こんなことは家の猫を見ていると、人間だけしか考えないことだと思う。
 さて、森東作さんから、例のSFファングループ資料研究会のデータベースのCDーRが送られて来た。いつものことながら、森さんの息の長いこうした活動には頭が下がる。SFはファンあってのことであって、ファン活動は昔からずっと続いてきたのだ。これからもぜひ続けてほしいと思っています。
(2020・8・1)

 この「ペーパームーン」の創刊当時から、「SFエッセイ」を連載していた川瀬広保さんが、今月分の原稿を書き終えた8月5日に近所の神社にて倒れて入院し、緊急手術を受けました。
 硬膜下血腫と脳挫傷により、長期入院になる見込みとの事です。
 この「SFエッセイ」もこの原稿以降休載になります。今の所再開の予定は全く立っていません。
 川瀬広保さんの一日も早い回復をお祈り申し上げます。   (福田)

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No.468(Web版118号)1

 マンガ家の聖地トキワ荘について

 中村達彦

 東京の豊島区、前にトキワ荘があった場所の近くに、マンガミュージアムが建てられたと7月に報じられた。
 新型コロナウイルスの影響で、入館利用には制約が課せられているが、昔、トキワ荘にいたマンガ家諸先生の協力を受け、当時のゆかりの品々が置かれる、当時のマンガ家たちの仕事場が再現されているなどいろいろ楽しめる展示がされていると言う。
 トキワ荘ゆかりの当時から現在も運営しているお店も幾つかあり、マンガミュージアムは町おこしの面もある。
 また豊島区の中央図書館は、池袋駅から少し離れたビルにあるが、そこでもトキワ荘出身の漫画家たちをPRしており、前からゆかりのマンガ家たちの作品が読めるコーナーが設けられ、ちょっとした穴場だ。
 トキワ荘は承知の通りアパートで、53年に手塚治虫が仕事場で借りたのを皮切りに、寺田ヒロオ、藤子不二雄、赤塚不二夫、石ノ森章太郎らが居を構え、更に多くの漫画家や編集者が出入りするようになった。
 トキワ荘が無かったら、その後のマンガやアニメの流れは後退していただろう。
 若いマンガ家たちは、一堂に会し、自分と違う才能に刺激を受けたり、親交を深めたりした。トキワ荘にいなかったら、自分はマンガ家になっていなかったかもしれない、と言う人もいる(トキワ荘の人の集まりや、幾つもの仕事をを受け、徹夜して体を壊してもやり遂げる姿勢を苦々しく見る声もあるが)。
 トキワ荘の建物は、82年に取り壊されたが、マンガ家たちの著作などでその存在は世に知られるようになった。
 アニメ化されたり、書籍になっているが、最もトキワ荘を世に知らしめたのは、藤子不二雄Ⓐによる「まんが道」であろう。
「まんが道」は何度も連載され、藤子不二雄をモデルにした自伝的作品だが、77年から82年に少年キングで連載された2作目は、86年秋にNHK銀河テレビ小説でドラマ化されている。
 富山県高岡を舞台に、高校卒業から上京までを描いているが、好評を博し、翌87年夏には、上京してトキワ荘に入ってからの奮闘、マンガ家たちとの出会い、挫折、再起を描いた続編が作られた。
 藤子不二雄をモデルにした満賀道雄と才野茂が主人公であるが、真賀は竹本孝之が、才野は長江健次が、手塚治虫は江森徹が、石ノ森章太郎は氏の息子の小野寺丈が演じた。他にトキワ荘に住み、真賀と仲良くなる娘の役で、ブレイク前の森高千里が出演しているなど、びっくりするキャスティングがある。
 NHKは民放と比べ、マンガ家という職業に好意的だ。「まんが道」の前、74年に永島慎二の「黄色い涙」が銀河テレビ小説で、79年には朝の連続テレビ小説で、長谷川町子をモデルにヒットした「マー姉ちゃん」など、何度もドラマ化している。
 その後も、赤塚不二夫は2度もドラマになっているし、2017年の朝の連続テレビ小説の「ひよっこ」は、60年代の東京が舞台だが、主人公と同じアパートで暮らし、藤子不二雄に憧れを持つ富山出身のマンガ家コンビが登場し、ドラマを盛り上げた。
 トキワ荘は、石ノ森章太郎らも度々著作で取り上げたこともあり(マンガ家たちのことや最大の理解者であった姉について語られている)、多くの人に知られるようになった。
 96年には、寺田ヒロオの視点からトキワ荘を観た「トキワ荘の青春」という映画が作られた。寺田の役を本木雅弘が、他にも当時はあまり知られなかったが、現在はいろいろな作品に出ている阿部サダヲ、古田新太、生瀬勝久らがマンガ家や編集者の役で出演している。
 「まんが道」も、前とは一部設定が違ったが、95年から2013年まで続編が描き続けられ、一応完結した。
 その続編では、さいとうたかをらがゲストで登場しているし、最近ではちばてつやが怪我をして、マンガが描けなくなった時、トキワ荘のマンガ家たちが助けてくれたことを、自分の作品で語っていた。
 手塚をはじめ成功した者以外の、ブレイクしなかったトキワ荘のマンガ家も取り上げられている。 
 寺田ヒロオ、藤子不二雄らでグループ新漫画党が結成され、後にスポーツマンガでヒットを飛ばす寺田は、マンガ家たちに金を貸したり、相談役になり皆の兄貴的存在であった。
 新漫画党の永田竹丸は、SFやアクションのない、優しいマンガを得意とした。後に、雑誌TVマガジンで、73年から75年に当時アニメで放映された「コロボックルの大冒険」「ジムボタン」「クムクム」のマンガを連載しており、読んだ経験がある。
 他にトキワ荘住人になり、マンガを描いていた鈴木伸一は、横山隆一のおとぎプロへ入社して、アニメを学び、トキワ荘の友人たちとアニメ会社スタジオ・ゼロを立ち上げたり、多くのアニメ制作に携わった。
 新漫画党に入った坂本三郎と言うマンガ家がいた。真面目で努力家であった人で、「まんが道」にも登場している。マンガを描いている時に編集者と衝突し、筆を折ってしまい、新漫画党も辞めてしまうが、その後もトキワ荘の人たちとの交際を細々と続けながら、アニメーターとして転身したそうだ。
 日本サンライズに所属し、70年代から80年代の人気のロボットアニメで作画監督としてその名が見られる。故人となったが、アニメやマンガに関わった貴重な証言を残さなかったのは惜しまれる。
 惜しいと言えば、トキワ荘とは直接の繋がりは無いが、ジョージ秋山、桑田次郎といったベテランで長くマンガ界を引っ張って来た大御所が最近、次々になくなっている。 
 しかしトキワ荘にマンガ家が集まり、そこから漫画やアニメの作品やセンスが育っていったのは紛れもない事実であり、これからも語り続けられるであろう。

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No.467(Web版117号)2

 SF essay(286回)

 川瀬広保

 一年の前半が終わって、2月ぐらいまではコロナのことは何も言っていなかったが、そのあとはコロナの話題は一日たりとも忘れられることはなかった。トランプさんもやっとマスクをつけたと言うし、世界中の人がマスクをつけている。世界は目に見えないウィルスであっという間に変わってしまった。
 医療、経済、教育、企業、会社等々のあらゆるところにコロナは入り込む。われわれができることは神仏に祈ることだけなのか。世の中には、専門家が必ずある。コロナの専門家はいなくても、感染症の専門家は朝からあれこれあれこれしゃべっている。正反対のことを言う人もいる。コロナ は目に見えないということだけは言える。国は都にもっとしっかりやるように、都はもうこれは国の問題だとのやんわりと応酬である。言われたように庶民は自粛である。

 さて、東京創元社からブラウン全集の第3巻が出た。ブラウンは私の好きなSF作家のベスト10には必ず入る。話がうまいのである。ミステリでもSFでも何でもこなす。シリアスなストーリーも多い。ブラウンを好きな人は多いのではないだろうか。今まで全集がなかったのが不思議なくらいだ。
 私の場合、ベスト10のSF作家はクラーク、ハインライン、アシモフ、ディック、シマック、星、小松と行って、ブラウンが入る。シマックは残念ながら、古くなってしまったが、ブラウンが古くなることはない。「未来世界から来た男」「最後の火星人」など有名な作品が載っている。
 
 さて、コロナに戻ろう。近所の神社に「疫病終息祈願」という旗がかけられている。神社庁から配布されたようだ。われわれができることは神頼みである。昔もそうだったようだ。神様を信じる人は、いろいろな感染防止策を守ろうとするだろう。あまりそうでない人は県外へ出歩いて、感染してしまう。

 さて、go to トラベルのニュースがかまびすしい。イートもあるし、経済と感染しないようにするのはもはや不可能ではないだろうか。それでも仕事へ行かなければいけない。そういう人も多い。自粛にも限界がある。

 五島勉氏が亡くなった。90歳だったという。ノストラダムスの大予言シリーズはよく読んだ。半分信じながら、半分は信じないで、1999年7月は過ぎた。これらの本のどこかに書いてあったように思うが、少しずれて2020年だか2023年に人類は滅亡する。だとすると、コロナが原因かもしれない。今日もどんどん感染者が増えている。減っているというニュースはどこにもない。

 コロナの話題は簡単には終わらない。静岡県も数が確実に増えている。
この辺で。
(2020・7・23)

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No.467(Web版117号)1

 日に日に拡大する新型コロナウイルス

 中村達彦

 まさか去年の年末には、7か月後にこうなっているとは想像していなかった。
 2020年は良い年になると予想していたが。
 現在世界を席巻している新型コロナウイルスである。
 最初に中国武漢でその第一報が流れた時、誰もがこれまでのウイルス同様、2、3ヶ月で収まると思っていたであろう。
 しかし日に日に被害は拡大するばかりで、世界でも、日本でも感染者や、死者がうなぎ上りに増加するようになった。
 朝も夜もそのニュースがトップを飾り、政府からの特別番組が流れることもある。
 7月、日本でも感染者が2万近く、死者は千人を越えようとしている。
 我々の生活にも、新型コロナウイルスの制約が降りかかっているに違いない。
 つい最近まで、外へ出かけると、伝染を防ぐため買い物や散歩でさえ制限され、仕事も、自宅から会社と電話で結びついたテレワークが増えている。
 各都道府県からの休業要請に伴い、映画館(公開目前、延期した映画も少なくない)や図書館などの施設、更に多くの店舗が閉ざされた。
 TVも、プロ野球や大相撲などのスポーツが延期され、ドラマやバラエティも次々にストップし、スタジオでの収録も控えられた。
 外では、人の姿はまばらになり、その多くがマスクをしているのが目につく。東京をはじめ都市圏では、これまで目まぐるしい人の流れが当たり前であったが、現在は、人の姿は信じられないほど少なくなった。
 現在も、世界で産業が低迷し、経済は悪化するばかり。
 交通機関も国内外の運用に支障が起こった。
 出版物にも影響が出ている。
 人が集まるイベントは中止を余儀無くされ、ご存知の通り。2020年最大のイベント、東京オリンピック、パラリンピックは来年に延期された。
 コミケをはじめ同人誌イベントは次々に中止となり、今年のSF大会はやらないかも。
 日本も、過去に疫病による被害を受け、ほぼ100年前にも世界で流行ったスペイン風邪が上陸し、大きな被害を受けている(ヨーロッパでは、古代よりペストが何度か発生し、大勢の死者を出している)。
 中国などは被害が収まりつつあるが、日本を含め、世界ではまだ続いており、日本より大きな被害を出している国もあるが、それぞれの対応を行っている。
 ウイルスは視認できず、空中を漂い、そっと人に感染し、発病するから厄介である。病院などで集団感染が相次いだ。
 更に感染拡大を恐れ、国内外で人々の間に差別などの問題を起こしている。
 混乱は続くばかり。
 現在も一部の規制は解除されず、どう過ごすか、困っている人もいるだろう。
 くどいが、昨年末には考えられなかった。正にSFで描かれた光景である。

 こうしたウイルスの脅威を描いた小説や映画は、過去に何度も作品になった。
 現在、ノーベル賞作家アルベール・カミュの「ペスト」が注目されている。
 アルジェリアの港町でペストが発生する。町の人々は次々に死に、様々な人が協力して難病に挑む。ペストが収まるまでの話である。人々の心情や病に対する理不尽さが細かく描かれており、新型コロナウイルスに通じる所が多いらしい。
 小松左京の「復活の日」も注目されている。
 1964年、皮肉にも東京オリンピックの年に書かれたSF小説だが、東西冷戦でスパイが持ち出した細菌兵器が事故で外に漏れ、やがて南極を除く世界全土に広がる。
 最初、中国や欧州で家畜の死や交通事故が起こり、やがてアメリカや日本でも風邪や急死があり、無視できないものに、春を過ぎ、夏には人類のほとんどが死滅する。
 南極にいた人々は生き残り、存続を図るのだが……。
 単なる風邪に思える脅威が、我々の日常にそっと侵入する恐ろしさが伝わってくる。
 と言っても56年前の小説で、今回の新型コロナウイルスと比べてみると、書かれていないことも多々あるが。
 他にも、高嶋哲夫の「首都感染」、小川一水の「天冥の標II 救世郡」がある。
 我々はどうやってこの時期を過ごせばいいのだろう?
 「良い」と言うまで、家に籠って、可能な限り他人との接触を断つ、現在はそれしかない。
 しかしやれることはある。
 溜まっている映像や書籍に目を通すとか、書けなかった原稿に手をつけるとか、時間はある。探せば見つかるはずだ。
 一笑に伏されるかもしれないが、時間があるこの時を逆に利用して頑張ってもらいたい。
 現在までに、日本内外で、新型コロナウイルスによる困難な状況下で、自分が出来ることをやっている人の話が聞こえてくる。
 悪意もあれば善意もある。物資やお金を寄付する他にも、医療関係者にエールを送ったり、ネットで人々に励ましのメッセージや音楽を伝えたり。
 「復活の日」でも、細菌兵器であるとウイルスに関する情報が、アマチュア無線の力で南極へもたらされ、後の伏線となる。
 新型コロナウイルスの感染がいつまで続くのか、わからないし、これから世界がどのように変わるかもわからないが、いつかは終わりが来る。
 その時に備えていこうではないか。

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No.466(Web版116号)3

 「幽霊船」と「空飛ぶゆうれい船」

 福田淳一

 「幽霊船」は、石ノ森章太郎が「トキワ荘」時代に描いた初期のSF作品で、『少年』(光文社)に1960年(昭和35年)7月号から1961年(昭和36年)8月号まで1年あまり連載された。
 この作品は、謎の幽霊船を巡り主人公の嵐山イサムが、空や海を舞台に大活躍する姿を描いている。その中で幽霊船が飛行したり、巨大ロボットのゴーレム0や、アトランティスの末裔の海底人、海底魔王ボアーが登場するなどのSF的な要素が満載であるが、当時はまだ “SF” という用語は一般的ではなく “痛快冒険まんが” や “痛快探偵まんが” と編集部でタイトルに付加されていた。
 この作品は、本編や単色の扉の原稿はほぼ残されているが、私は5枚のカラー扉の原画は見た事が無かった。その中で2回目の1960年8月号と4回目の10月号のカラー扉は、「まんだらけマンガ目録⑧」(1995年3月21日発行)にそれぞれ95000円と15万円で出品されていた。当然そのとき貴重な原画が散逸してはいけないと申し込みをしたが、見事に両方とも外れてしまった。この2点の原画は恐らく現在も、この時当選して購入した方が所有しているものと思われる。
 この「幽霊船」は、新書版の単行本が発行され始めた頃の1966年(昭和41年)、「ダイヤモンドコミックス」(コダマプレス社)から11月10日発行で初めて単行本化された。連載終了から5年後の事である。石ノ森は単行本化の際、広告等で空いていた部分に加筆することはあるが、その他の部分に手を加えることは少ない。しかしこの作品では、全体的に岩などに影の部分等を加筆し、作画の密度を上げて、よりメリハリのきいた見やすい画面に仕上げている。この頃は、新書版サイズの単行本が出だした頃で、単行本化の際は丁寧に加筆や修正をしていたのだ。

 なおこの「幽霊船」は、「空飛ぶゆうれい船」とタイトルを変更して1969年(昭和44年)7月20日に劇場公開されたアニメーションにより、多くの人に知られる作品となった。
 このアニメが制作された当時は、長編のフルアニメは時間と費用が係る事から、フルアニメとリミテッドアニメの中間的な、上映時間が1時間ほどの中編アニメとして「サイボーグ009」の一作目が制作された。それが大ヒットした事により、それが主流となってこの作品も制作されている。
 このアニメ版では、幽霊船長の仮面がドクロに変更され不気味感を盛り上げ、ゴーレム0の制作者である左巻博士や暗黒団の黒潮鳴人が登場しないなど、登場人物が変更されているのだが、全体的に原作を踏襲し、当時一番原作に近いアニメーションに仕上がっている。
 さらに、このアニメ版では宮崎駿が原画で参画していることにより戦闘シーンなどに迫力が増している。このようにして、「空飛ぶゆうれい船」は、多くのファンを持つ名作として名高いアニメになったのである。
 石ノ森章太郎は、この「幽霊船」の連載を1961年(昭和36年)8月号にて終了して間もなく、次々と「トキワ荘」から仲間が去っていくなか、このままマンガ家を続けるべきかといった悩みなどを抱え、まだ海外旅行が自由化されていない中、世界を一周するという旅行へと旅立って行くのである。

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No.466(Web版116号)2

 SF essay (285回)

 川瀬広保

 もう7月だ。もうじき七夕である。今年は7月に終業式を迎えるのであろうか。どうやらSFマガジンは続きそうでやれやれだ。一ヶ月遅れで6月号が出ました。
緊急特集「コロナ禍のいま」が載っていた。すぐ「てれぽーと」欄へ投稿した。SFマガジンが続いてよかったという内容である。

 以下、送った投稿文です。

 いつものように4月25日にSFマガジンが出るだろうとなにげなくハヤカワ・オンラインを見ていたら、SFマガジン発売延期と出ているではありませんか。コロナウィルスのために編集部員が在宅勤務をせざるを得なくなったのが理由と書かれてありました。
 私は53号から欠かさずSFマガジンを取り続けていますが、こんなことは初めてです。発売はいつになるだろうと気にしていました。まさかこれでSFマガジンは終わってしまうのではないだろうかなどと心配しました。
 しかし、今日5月25日に無事、SFマガジンを入手できました。SFマガジンは大げさでなく不滅です。これからも続きますようお願いします。
 「コロナ禍のいま」という緊急企画でいろいろな人がいろいろなことを書かれています。しばらく前に、SFマガジンが隔月刊になった時も、相当びっくりしました。今ではそれにも慣れてしまって、偶数月にSFマガジンを取り続けています。SFファンの楽しみはSFを読む、SFの新しい知識を知る、ファン活動をするなどだと思いますが、SFマガジンは新刊発売やSF作家の話題などの最新の話題を提供してくれます。
 日本で唯一のSF雑誌がコロナに負けないようにこれからも続いていきますようお願いします。

 コロナで家にいる事が多くなったので、映画を買ってきて見た。「インターステラ」というタイトルだ。宇宙で過酷な状況で人類を取るか、家族を取るかというテーマのようだ。結局家族を取ったということらしい。このような究極の設定というのがSFの魅力であり、また大変なところだ。コロナは社会の奥底まで入り込む。今までになかったことだ。人類がおごっているからだと言えないだろうか。人間は文明文化を発展・発達させてきたがまだ不十分だ。最近は、「ウィズ・コロナ」とか言い始めた。コロナとともにである。それまでは、コロナに打ち勝つとか戦うといった言い方だった。花火に想いを託すとか、神仏に祈るなどの方向へ向かっているかのようだ。
 コロナで英語を覚えた。social distance, alert, stay home, with corona などである。小学生も覚えていそうだ。

 コロナ以外では、暇なので、DVDで映画「アベンジャーズ」を買ってきて、見始めた。
まだ批評をするほどには見ていないので見終わったら、感想を書くとしよう。どうしても昔見た映画のブルーレイ版などに関心が行ってしまう。“They live…” とか “Space Vampire” “Soylent Green” などである。
 あまりまとまらないがこの辺にしよう。
(2020・6・10)

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No.466(Web版116号)1

ルーナティック32号 アニメ特集について 6


6月末を最終締め切りとして、原稿を再募集しました。おかげさまで大変多くの原稿を送っていただき、32号は無事発行できそうです。締め切りが伸びた事と、多くの原稿の整理で、発行は若干遅れるかもしれませんが、しばらくお待ちください。

2020年春期のアニメも最終回を迎えましたが、話題になった作品のひとつに「波よ聞いてくれ」というラジオ関係の世界を描いたものがありました。(以後、ネタバレあり)
舞台は札幌市で、主人公はスープカレー屋で働いていますが、ひょんな事から、週1深夜のFMラジオパーソナリティーを任されます。
その番組は、ゲリラ的というか、無茶苦茶な内容で、放送事故スレスレどころか、わざと放送事故を装った番組内容で、話題を集めようとします。ラジオ本番中に主人公が金を持ち逃げされた恋人を必ず探し出して殺すと脅したり、その恋人を殺したと主人公が告白する話が、何故かオーソン・ウェルズのマーキュリー劇場「宇宙戦争」になったり、その恋人の死体を富士の樹海に埋めにきたはずが、どうしてなのか、地下世界の超存在と対面したり、など。
でも悪いことは出来ないもので、そんな放送ばかりをしていた深夜の本番中に、札幌を巨大地震が襲います。被害は甚大で、札幌郊外の住宅地が見る見る破壊されてゆきます。札幌市内どころか、被害は北海道全土に渡り、全道内が停電します。それを知った主人公が叫びます。「道民にとって道内とは世界そのもの!その道内が真っ暗になったら世界の終わりだよ!!」
よく、ご当地アニメと称して、特定の地域を舞台にしたアニメ作品がありますが、この作品も、そういう作品の一つだと思って観ていましたが、この台詞でちょっと考えさせられました。
北海道は独立性が強い地域、というより、北海道というある意味閉じた世界という事でしょうか。他の「地域」とはニュアンスが違う「世界」。広大な北海道という、「世界」と称しても違和感のない広さが、一種の疑似的な並行世界感を醸し出していたのかもしれません。
夏アニメが始まるシーズンになりました。どんな作品が始まるのか楽しみです。
                 (ルーナティック32号編集部)

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