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2011年11月

No.366 (Web版16号)3

ラッチャング制作日誌              新村佳三

「ルーナティック29の修正」


ルーナティック29号の第三特集「静岡とSFもしくはSF的事象」の「今、話題の浜岡原子力館にいってきました」内において、65ページの原子炉実物大カットモデルの写真の説明の部分、
「同じくカットモデルの上部、制御棒がずらりと並んでいる」
というところは「制御棒」の写真ではなく気水分離器(水蒸気と水を分離する部分)の写真でした。
制御棒は原子炉の下部ですね。うっかりしていました。




「中村達彦氏の活躍」


会員の中村達彦氏が「丸 2011年 08月号」で「世界で生まれたエンテ型のライバルたち」という記事を、また「丸 2011年 11月号」で「パンター・トロフィー  クルスクからベルリンまで」という記事を書いています。
エンテ型というのは旧日本軍の震電という戦闘機のスタイルで、SF映画の「王立宇宙軍」や「スカイクロラ」に同じようなタイプの飛行機が出てきます。
パンターというのはドイツの戦車で、SFアニメの機動戦士ガンダムに例えると、ジオン軍のモビルスーツ「ゲルググ」のようなものです。

また、丸 2011年 11月号には旧軍の爆撃機「一式陸攻」の記事も載っており、TVの番組などで、「ワンショットライター」などと揶揄され防弾装備がなく、旧軍の人命軽視を象徴する機体であるかのうような描かれ方をされるのは間違いで、実際は様々な防弾装備を開発当初から施されており、それでもなお防弾上改良の余地があった部分も、三菱の技術者の皆さんの努力のおかげで後期には改良されていった、などと貴重な記事も。
でも旧軍に問題があったという結論が初めから決まっている番組では、そういった事実は無視されるようです。悲しいことに旧軍には多くの問題がありましたが、だからといって事実と異なった番組をつくっていいわけではありません。 
我々SFファンも思い込みに惑わされない冷静な眼を持ちたいものです。

                     

つづく

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No.366 (Web版16号)2

冨田 勲氏の新作CDアルバム “惑星 ULTIMATE EDITION ”を聞いて思った事

by 渡辺 ユリア

 皆様、今日は。このCDアルバムはすべての曲が新作です。構成順にすると火星、金星、水星、木星、土星、天王星と海王星は、ホルスト作曲の “交響組曲 惑星 ”を元にしていますが、5曲目のイトカワとはやぶさは冨田氏作曲です。まずアルバムジャケット何かしら斬新なイラストで、しかもカラフル。情念を感じさせてくれる絵です。作者は川口洋一郎氏。タイトルは “宇宙探査型多重構造魚 ”。
 では、曲の感想を。「火星」・・イントロが良いです。そしてオルゴールの音。次にいきなり自分が宇宙空間に飛び出てしまったような感覚。そして勢いのある曲。タタタタッタッタッ タタタタッタッタッ・・というリズムがこれから戦いに赴くような感じを演出しています。「金星」・・火星とはガラッと曲想が変わって穏やかな感じの曲。暖かみのある感じ。そして宇宙の広大さに触れているような感覚です。「水星」・・速い曲。若者の感じがします。それも十代になったばかりの少年のイメージ。チョコチョコ動き回る少年のイメージです。「木星」・・良く知られている曲です。最初のイントロ良いと思っています。ぐーんと広がるイメージ。そして穏やかで心地よい曲。
 そしていきなり曲想が変わって、まるでエマージェンシーっぽくなりました。そこからどうやら5番目の曲、冨田氏のオリジナル曲の「イトカワとはやぶさ」になったようです。宇宙空間に浮かぶ灰色っぽい小惑星イトカワのイメージが穏やかな基礎になる音楽で、イトカワに近づいてゆく探査機はやぶさが、まるで時計のようにコチコチコチと時を刻むような音で構成されていると思います。宇宙の広さを感じさせてくれる曲だと思います。そして探査機はやぶさが小惑星イトカワに再接近する場面は、まるで鳥が羽ばたいているようなイメージです。この5番目の曲は、冨田氏がかつて深い親交を持った故・糸川英夫氏(日本の宇宙開発の先駆者)への追慕、もしかしたらレクイエムとでも言うべき作品になっていると思います。
「土星」「天王星と海王星」・・穏やかでちょっと不可思議な曲。謎めいていて。そして宇宙に飛び出てここまで来た。けれどまだ外にも宇宙はひろがっている・ ・というイメージ。ラストのオルゴールの音が夢幻をさそってくれます。
  では。この辺で。

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No.366 (Web版16号)1

SF essay (179回)

川瀬広保

 ジョン・ウィンダム『時間の種』

 好きなSF作家はと問われれば、アーサー・C・クラーク、アイザック・アシモフ、ロバート・A・ハインラインの三人である。1位がクラークであることは決まっているのだが、2位、3位はどちらがどちらかは、はっきり言えない。
 そして、4位はエドモンド・ハミルトンだ。5位以下が、私の場合、クリフォード・シマックか今から述べるジョン・ウィンダムかということになる。
 そのウィンダムの実に懐かしい一冊が復刊された。
 『時間の種』である。
 わたしは、ここにもう45年にもなる古ぼけた1966年発行の『時間の種』を所有している。定価は190円。本のカバーは取れてしまっている。しかし、取れてもそのカバーはここにある。表紙絵は金子三蔵氏である。そのころの創元の表紙絵は金子氏のが多かった。
 今となっては、カバーは取れ、中の本体の焼けやシミがひどくて、年月の経過を隠すことができない。
 私がこのウィンダムの『時間の種』に強い思い入れがあるのは、ただ単にウィンダムが好きなSF作家の5位に入るからというだけではない。翻訳者の大西尹明先生が、いわば私の恩師だからである。
 このことはもう何回か書いたが、大学3年生だった私がSF研究会を創立しようとして、会長をお願いしようとした先生が大西先生だった。そのころ、先生はすでに創元から何冊もSFの翻訳出版をされていた。従って、会長をお願いするには大西尹明先生しかいないと決意して、研究室にお願いに行ったのだ。その後、神奈川の自宅までお伺いして、しばらくお話をさせていただいた。
 その懐かしい『時間の種』が復刊されるということは、私にとってはひとつの事件である。
 創元の今年のブックフェアの中に、そのタイトルを見つけたとき、創元社もいいことやるなあと思ったものだ。
 私は今、『時間の種』をふたつ並べて、感慨にふけっている。もちろん、『時間の種』が復刊されたからと言って、古い方を処分しようなどという気は、決して起こらない。
 絶版にしてしまってはいけないSFなどは、まあまだあると思う。
 さらに、もう一冊は、フレドリック・ブラウンの『73光年の妖怪』である。この本は、昔、夢中になって読んだSFの一冊であり、私のお気に入りである。帯に「復刊フェア2011 入手困難だった名作を復刊!」とある。しかし、『73光年の妖怪』は今回で35版、『時間の種』は15版である。これだけ、読まれ続けているのに、なぜ入手困難なのか。書店に並んでいれば、買って読む人も多かろうと思うのだが、出版界のさまざまな事情でうずもれていってしまうのだろう。
 クラークの『都市と星』は新訳版が出た。福島正美の『未踏の時代』も文庫化された。ハインラインの『夏への扉』も新訳版が出ている。しかし、まだまだ埋もれている、あるいはそのままになっている秀作・傑作は多いと思う。ぜひ、これからも名作・傑作は復刊してほしいものだ。

 さて、映画については、次は「猿の惑星 創世記 ジェネシス」と「はやぶさ」を見に行きたいと思っている。
                     (2011・10・15)

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