No.368 (Web版18号)3
SF essay (181回)
川瀬広保
久しぶりの皆既月食が神秘的だった!
2011年12月10日に日本で皆既月食が見られるということを知ってから、これは天文ファンとしては何が何でも見なければと思っていた。
前日から準備を始めた。満月1日前の月の撮影をしてみた。しばらく望遠鏡やカメラに触っていなかったので、アタッチメントを接続するところから苦労した。それでも、何枚か撮影してみて、露出倍数は満月ながら400分の1秒だとか、皆既月食の皆既中だったら、3〜5秒だろうというような予測はついた。
当日、午後4時ごろから、外へ、望遠鏡、カメラ、双眼鏡2台、ノート、椅子2脚などを出して、あれこれ準備しはじめた。
ところが、午後5時前にはきれいに晴れていた空が、月の出の5時過ぎになると、あやしくなってきて、食の始まる午後9時45分ごろには、だんだん空に厚い雲が覆うようになってきた。
天気予報通り、まるでマーフィーの法則のように、月食が始まるのを待って曇り始め、月食が終わるころにまた晴天になるというような空模様だった。
それでも、皆既のころにはまた晴れるだろうと期待して、私は待った。
食が進み始めたころ、空がきれいに晴れてきて、待ったかいがあった。
写真を次々と撮り始めた。露出倍数を決めるのが難しく、ピントを定めるのが難しく、視野に月を入れるのが難しくて、四苦八苦しながら、撮っていたら、8GBのSDカードの容量がいっぱいになってしまった。満充電してあった充電池も動かなくなった。
その不測事態は、皆既食が始まってからだった。一応何枚かは皆既食の月を撮ったあとだったのだが。
そこで、撮影は見切りをつけて、今度は双眼鏡で皆既食の月を見ることに専念した。
皆既食中の夜空は、予測していた通り、月光のない澄み切った空に変身して、プレアデスやオリオン座の大星雲なども輝きだし、よく見えて、神秘的な光景だった。皆既の赤銅色の月が不気味で、めったに見られない夜空だった。ときどき、今までになかった風も吹いてきた。
皆既の始まりでは、まだ明るい部分がある月面も皆既が中ごろになるとまったくの赤い(オレンジ)月になり、約1時間後に明るさが戻ってきはじめるときには、また反対側が明るくなってきた。そして、皆既が終わったことを示し始める明かりがさし始めた。
壮大な天文ショーをこのように目の当たりにすると、地上の細かなことに日々思いをはせている自分が本当に小さく感じる。人間の営みに関係なく、天体は確実に動いているのだということを感じさせる。
私は、重ね着をして、ズボンも二枚はいて、皆既月食の終了の午前1時18分までがんばって見ていた。
終わって、望遠鏡などを片付けて中に入れ、写した写真を見たりしていると、準備の不十分さに反省がこみあげてくる。
来年、日本で皆既日食が見られるということをもう多くの方がご存知だと思うが、そのためにはもう準備を始めなければならない。
今度はNDフィルターや日食用のサングラス、アタッチメントなど、十二分に準備万端怠りなくしていきたいと思う。
何せ、日本で皆既日食が見られるのは25年ぶり。金環食であるし、日本国中が沸くだろう。天気のよいことを祈るばかりだ。
(2011・12・15)
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