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No.422 (Web版72号)2

 とある友の死を悼む

 リオオリンピックも、コミックマーケット90も、盛況のうちに幕を閉じた。残暑の残りを感じつつ、もう9月、年齢と共に時が過ぎるのはどんどん早くなっていく。否、去年の今頃も同じことを言っていなかったかなどと思うのだが。
 コミックマーケットに参加した方のブログを読んだところ、初めてとある友の病による死を知り、愕然とした。

 とある友、阪上宏一さんは知る人ぞ知る大阪のSFファン。10年以上前、多くのSF関連の、コンベンションや同人誌即売会に出席を繰り返したちょっとした名物男(失礼)である。当時、日本全国、SFイベントがあれば、必ず彼の姿があると言っても過言ではないだろう。
 彼は、自身の主催するサークルまねきねこSFファンクラブでSF大会やコミックマーケットをはじめ、毎年GWに東京で開催されるSFセミナーや、はまなこんなどSF・同人イベントに出店を重ねてきた。
 東海SFの会でも、阪上さんの名前を覚えている人がいるかもしれない。

 私は1994年に阪上さんと出会い、以来、2000年代前半まで、友人付き合いを続けさせてもらった。
 彼は面長で普段、ニコニコと笑みを絶やさぬ好人物である。少なくても私の眼の前では、声を張り上げて怒ったことは一度もなかった。お酒が大好きで、毎回、イベントが終わると近くのお店で、仲間とよく飲んでいた。私も自身の友人たちと飲み会に参加させていただき、楽しい時間を過ごさせてもらった。彼は、安い店で談笑しながら長くいるのが好きだった。参加者の財布もそっと気遣う優しさを何度も見せている。
 夜行バスなどを利用して早朝会場に現れ、イベントに参加し、その後夜遅くまで飲んでから、深夜にまた夜行バスで大阪へ帰っていく。月に二度以上東京で会うこともあった。
 阪上さん自身は、特にこの作家さんが好きとか、こんな作品を書いてみたいといったクリエイター志向ではない。集まってくる人や情報を集め、まとめる色合いが大きかった。
 彼(の周りに)は多くの知人が集まった。彼の作品集で自身の作品が注目され、その後、脚光を浴びるようになった人もいれば、一時期、会報などに携わってから、後に上京し、東京の出版社で活躍を続けている方もいる。中には、ただ飲んで騒ぐのが好きなだけの人もいたが、阪上さんは「来る者拒まず、去る者追わず」の大人の対応をした。
 SFファンクラブまねきねこは、各地のSFコンベンションでフリーペーパーを発行すると共に、仲間たちから寄せられた作品を本に編集し、販売している。当然採算度外視であった。その一方で、各SFコンベンションのスタッフたちと知り合いになり、広報的な役割も担っていた。
 SF大会で長く続いている創作講座においても、初期に作品集の販売など尽力してくれた。
 自分も1998年の名古屋カプリコンから計5回SF大会に参加したが、こちらでも阪上さんらまねきねこSFファンクラブにお世話になった。

 彼は、大阪でSF大会を仕切ってみたいとの目標を語ったことがある。その通り、2008年の大阪SF大会(DAICON 7)副実行委員長に就任した。
 だが、2005年頃から、喧嘩などした訳ではなかったが、お互いに、プライベートな事情、もの作りのビジョンの違いなどからも、何となく距離を置くようになり、そのうち自然と交流が途絶えてしまった。後に聞いたところ、その後、彼は長いSFファン活動の疲れ、加えて職場の事情などからも心身を害しており、副実行委員長も降りざるを得なかったのこと。
 大阪SF大会は、彼にとって不本意な結果となったそうだ。
 東京でのSFイベントでも彼の姿を見かけなくなってしまった。
 その後、彼が大阪の図書館に勤務しながら、なおもSFファン活動を小さいながらも続けていることを耳にした。大阪SF大会の経緯も耳にしていたが「そっとしておいてあげよう。また東京に来るだろう」と考え、そのままにしておいたが、再開しないまま、今回の訃報を知った。享年48歳。

 突然知らされた別れ、早すぎる。大病を患っていたとは知らなかった。下手に声をかけると失礼と気を利かせたつもりであったが、なぜ手紙の一本も出してやらなかったのか、大病と知っていれば何としても見舞いに行ったのにと残念でならない。
 彼は特定のSF作品が好きだとか、具体的にどのようなSFコンベンションをやりたいのかビジョンがあったはずだ。彼なりにSFについて思い巡らせていたはずだが、自分はもっと真面目に話を聞いて、力になってやれなかったか……。及ばずながらも、彼にしてあげられたことがあったはずだ。
 せめてもと、彼の訃報を、近隣旧知の友人諸氏に伝えたところ、彼の死を悼むメールが何本も寄せられた。改めて彼の人柄が忍ばれる。
 7月に開催されたSF大会では、直前の訃報であったが、ファングループ連合会議に偲ばれる追悼者一覧で名を読み上げられている。これもある方のブログで知ったが、阪上さんを偲ぶ小冊子と追悼漫画がコミケで発行されたとのこと。同誌に気がつかなかった自分の不覚を恥じ入るばかり。
 大阪においても、長く彼を助け、かばってきた友人もいたのだ。
 今更言っても無意味だが、彼が自身の健康管理に気を付け、地道に活動を続けていれば、SFファンジンの裏方としてまだやれた。あまり知られていない人材を発掘したり、地方のSFファンの懸け橋になったりと、やれることがあったはずだ。彼のSFファン活動について、インタビューを求めれば、いろいろ面白い話を聞けたはずである。

 もう阪上さんのような行動派のSFファンは、現れないかもしれない。
 彼の逝去に合わせるかのように、コミケはジャンルコードからSFが無くなり、これまでSFで出店していた諸サークルは特撮や評論などに分散されるとのこと。残念である。
 改めて、あの世へ旅立った阪上宏一さんには「お疲れ様でした。そして有難うございました」と手を合わせたい。
 この原稿を読んでいる皆さんにも、彼の冥福を祈っていただければ幸いです。

                          中村達彦

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