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No.434 (Web版84号)3

SF essay(第253回)

川瀬広保

 暦では処暑だというが、8月24日の今日は猛暑である。

 SFマガジン最新号は、オールタイムベストSF映画総解説1である。また、筒井康隆へのインタビューの二回目も載っている。星新一、小松左京、光瀬龍らがもういなくなってしまった今、過去のことを語れるのは筒井康隆ぐらいしかいないので、興味を持って読んでいる。

 さて、ついこの間、浜松市天文台で行われた天文講演会へ行ってきた。兵庫県立大学天文科学センター天文科学専門員、鳴沢真也先生の「いる?いない?地球外知的生命」と題した講演である。70〜80人ほど参加者があったであろうか。
 年に一度のこうした講演会へ行くのもいいだろうと思ったからである。
 優れた天文学者は優れたSF作家になりうるし、逆もまた真であろう。カール・セイガン、アーサー・クラーク等々である。クラークは「生きているうちに宇宙人に会ってみたかった」と述べていた。鳴沢先生もこの講演会でそんなことを言われた。
 セイガンは映画「コスモス」で有名になった。
 この宇宙は善の知的生命で満ちているのだと信じたい。

 さて、想い出話をまた少々しよう。

 昔、私はSFマガジンを53号から買い始めた。その号には、星新一の『夢魔の標的』が連載されていた。後の数多くのショートショートより、何か愛着がある。以前、星新一が浜松へ来られたとき、出演者のひとりひとりが氏に何か要望を直接述べたとき、私は「もっと『夢魔の標的』のような長編を書いてください」と言ったことがある。ショートショートの神様にもっと長編を書けと言ったのだから的外れだったかもしれない。だが、本人はニコニコして聞いていた。

 ショートショートとして、私のお気に入りのタイトルをあげてみる。

「あーん。あーん」

 これは不思議な読後感をもたらす。何か教訓が含まれているような、ただ面白く書かれているだけのような子供向けの作品である。

「最高のぜいたく」

 主人公は、友人から誘いが来たので、そのお宅へ出かけていくと、暑いところなのに、部屋では暖房をしている。今度は、暑すぎて、冷房にするというような内容で、ラストの「最高の贅沢とはこういうものかもしれないな」という主人公のセリフがばっちり決まっていた。

「殉教」

 これは、子ども向けとは言えない。話に深みがあり、何回も読みなおした。生きる意味を考えてしまう。もしかしたら、星新一ショートショート1000編の中のベスト3に入るのではないだろうかと勝手に思っている。誰も漠然と抱いている死への恐怖が取り払われたらいったい人はどうするであろうかというアイディアをうまくまとめてある。

「おーい、でてこーい」

 英語の教科書に取り上げられたのは、この作品だ。将来、起こりうるいろいろなゴミ処理の問題を星新一は、見事にショートショートに仕立て上げた。だが、そんな思想性はもちろん、微塵も感じさせない。
 ついでに言うと、国語の教科書には、「繁栄の花」が採用された。

「ぼっこちゃん」

 不愛想なロボット美女が、飲み客を相手に、オウム返しに答え、最後はだれもいなくなるという考えてみれば恐ろしい内容だった。

「鍵」

 これは、名品である。これもラストのセリフ、「思い出なら持っている」が決まっている。一生かけて幸福を追求した主人公(だいたいエヌ氏とかエル氏など)は、お金に変えられない思い出を得たのだ。

「ごきげん保険」

 ちょっと気に入らないことがあると、すぐに電話をかけて主人公は文句を言う。すると、電話の向こうの人が、「ごもっともです・・・・・」といつも、話し相手になってくれるのだ。ある日、「最近、気がついたのだが、白髪が増えてきた。これは政府の政策が悪いのだ」などと姿の見えない相手にあれこれ思いのたけをぶつける。相手は慣れたもので、「これだけは、申し訳ありませんが、昔から人間の老化は避けられません。しかし、それに見合った金額をあなた様の口座に振り込むことで許していただけないでしょうか」「よし、いいにしてやる」
 最後のオチは、月末に支払う相当額の保険金にほかならないと言うウィットに富んだものだった。これなど、話し相手のいない高齢者にぴったりではないか。星新一は時代を先取りしていたのだと今になって思う傑作である。

 星新一のこうした多くの作品は、生半可な批評家の批評を超えたところにある。昔、筒井康隆があとがきで述べていたことが思い出された。簡単に批評されるような作家ではないのだ。

 さて、クラークは自伝『楽園の日々』で自分のことを語り、アシモフも自伝『アシモフ自伝』で自分の過去を詳細に述べた。尿管結石になったことまで書かれていた。小松左京も『SFへの遺言』で氏の自伝のようなものを書いた。
 星新一だけは、書かずに終わったが、死後、別の人が自伝を書いた。その人は生前の星新一に会ったことがないと述べられていた。私には信じられなかった。まあ、そういうこともあるのだろう。

 好きなSF作家を挙げよと言われれば、私は星新一をすぐにあげる。星新一には敵がいなかったと言われている。その人格と才能からであろうと思っている。
 星新一の作品は膨大である。名作・傑作も数知れない。その中から、何作かを選ぶことなどもともとできない。
 また、思い出したら、続きを書くかもしれません。

 さて、最近のアメリカと北朝鮮の過激な言葉のやりとりが毎日、大きなニュースになっている。狭い地球にミサイルが飛び交い、ごく一部の国の暴挙でこの地球がそれこそ壊滅しなねないように願う。日本にも被害が甚大にならないように、また日本以外の国にもだ。
 ごく最近では、太平洋上で、水爆実験をやるなどと言い出した。平和とは逆行している。
 最近の天候同様、予測がつかない。それもこれも、世界を動かすのは、人間の心だ。
 心を動かす善と悪は永遠のテーマだ。
 さて、もっと明るい話はないかな。

                       (2017・9・24)

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