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No.437 (Web版87号)2

SF essay

川瀬広保

日馬富士がとうとう引退せざるを得なくなってしまった。相撲を見るのが好きな私としては残念でならない。もちろん、酒に酔って(本人も師匠もそうは言ってない)暴行を働いたのが許されるわけではないし、頭部の大けがが簡単に治るとは考えられない。稀勢の里もまた休場したし、宇良も休場している。土俵の上で大きな力士がぶつかり合うのだから、ケガはつきものだろう。日本の国技である相撲がこれで衰退することのないようにと思う。

 日本SF傑作選2「小松左京」〈神への長い道 継ぐのはだれか〉を買ってきた。買うきっかけは目次を見たら、「お召し」が入っていたからだ。
 この「お召し」は昔、読んで不思議な話だなというぐらいの印象だったが、今回再読してみると、作者小松左京の意図する深さが含まれているのではないかと思わされた。12歳以上のいわば大人が、ある時、突然消えてしまったあとに、残された子供だけで生きていくという思考実験だけでなく、あちらの世界では、ある日、12歳以下の子どもが突然消えてしまっている。これは人類の発展のための〈お召し〉ではないだろうかと高山長官はこの短編の最後でふと思うのだ。深みのあるSF短編であるということを再認識した。

 傑作選1は筒井康隆であり、2がこの小松左京、3は眉村卓とのことだ。ここで、星新一が入っていないことに、版権の問題があるにせよ、違和感を感じる。
 日本SFの傑作というなら、星、小松、筒井、光瀬、半村が全部入っていなければいけない。第一世代以降の作家は別としてだが、すべてを網羅するわけにはいかないだろうから、致し方ないとは思う。

 さて、SFマガジンの最新号はSF映画総解説 part3である。これで、SF映画はほとんど完全に網羅されたことになる。
 ハヤカワ文庫SF総解説もやったし、次は何をやるのだろう。

 さて、思い出の一冊について書いてみよう。ご存知の方も多いと思いますが、まだの方にはお勧めの一冊です。

 SFマガジン初代編集長、福島正美の「未踏の時代」がSFマガジンに連載され始めて、SFがまだ日本にあまり根付かなかったころの様子がよく描かれていて、私は夢中になって読んだ。彼の書く文は名文と言っていいだろう。表現力が豊かという簡単な言葉ではない。なかなかあんなふうには書けない。数々の訳文も彼の訳だからこそ、名訳として原文の雰囲気がよくわかって、夢中になって読んだ。「幼年期の終り」「夏への扉」等々である。夏への扉では、献辞にすべてのaelurofileにこの書を捧げるとあって、この英語が〈病的に猫好き〉という意味だと知り、またその逆のaelurophobiaという語も知った。この語は、〈病的に猫嫌い〉という意味である。また、主人公が、冷凍睡眠で未来に行く前に、医者に腰に注射を打たれる場面で、例の英語の早口言葉、peter piper picked a peck of pickled peppersを言う部分など、ハインラインのストーリーテリングのうまさだけでなく、それを名訳にしたためた福島正美という人のすばらしさは、どんどん膨らんでいった。
 そのいわば自叙伝(または、SFを社会に受け入れさせようとした戦いの本)であるこの「未踏の時代」は、後に一冊の単行本にまとめられ、またさらに後に文庫本に収められた。
 私は大学生の時、厚かましくも手紙を出して、明治大学で講演会をしてくれないかとお願いしたとこがあった。後に、断りの手紙が来て、逆にほっとしたのだが、この「未踏の時代」の中の数々のエピソードはどれも興味があり、まるでそのころがよみがえってくるように生き生きと読ませるものがある。
 一介のファンであり、一読者でしかすぎないが、3回ぐらいは読んだ。もし、まだ未読の方がいらっしゃったら、ぜひ読んでいただきたい。

 もう12月も終りである。今年は、天候も不純でおかしかったし、今も相撲界は揺れ動いている。まとまらないまま、2018年へ突入するのだろうか。
             (2017・12・21)

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