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No.445 (Web版95号)3

 ゾンビ再考

 林 久之

 走行中の新幹線で殺傷事件。
 忌まわしい事件であり、正面から議論すべきことは多々あるけれども、すでに新聞なりテレビなり様々なところで様々な人が論じているので、不謹慎かも知れないがここでは斜に構えて違った視点から思いついたことを語るとしよう。

 去年、韓国映画『新感染』がちょっと注目されていた。走行中の特急列車内でゾンビが発生、さあどうする、というサスペンスないしホラーだった。
 ゾンビが映画になったのは、なんとなくG. A.ロメロ『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』が最初のように錯覚していたのだが、それ以前からゾンビを興味の中心に据えた映画は存在していたことに気づいたのは最近のこと。吸血鬼狩りのヘルシング教授の役で有名になったピーター・カッシングも、実はゾンビを演じたことがあった。
 死者の蘇生がホラーになるのは『猿の手』などよりもはるか昔から、それこそ世界中にある。日本でも『古事記』にもあり『今昔物語集』にもあった。吸血鬼だって何か血縁関係がありそうで、惚れた女とか家族や縁者など何か標的を見定めて襲うのが吸血鬼、無差別に襲うのがゾンビと一応区別はできるが、大した違いではない。
 という風に見えるのは現在流行している生態(?)についてであって、そもそも吸血鬼とゾンビには他に決定的な違いがあった。吸血鬼やキョンシーは死者が蘇る怪異であるのに対し、ゾンビとは生きている人間に呪いをかけて死者同然に操る術なのだった。ゾンビという呼び方自体も、ロメロの映画に登場する死者たちの動きが何かに操られているように見えたことから広まったもの。ハイチに伝わるヴードゥーの呪法は、R.E.ハワードの小説『鳩は地獄から来る』などに使われているものの、あまり一般的ではなかった。
 それなのにロメロのゾンビが注目されたのには訳がある。映画の制作された社会背景である。ベトナム戦争と人種差別を背景に、身の回りの人間がいつのまにか見も知らぬものに変貌しているという怖さを描き、ラストシーンでは人種差別ないし偏見に風刺を利かせて、配給会社が難色を示したとか。
 似たようなテーマを扱ったものでは、ジャック・フィニイ『盗まれた街』やハインライン『人形使い』があり、映画化もされている。ただし政治色は薄いようで、レッドパージを連想できないこともないが、社会現象になるほどではなかったと記憶している。リチャード・マシスンの『地球最後の男』は、「吸血鬼」という呼び方をしているけれど、本質的には現代のゾンビものに近い。最近ウィル・スミス主演で映画になったが、原作の狙いとはずいぶん違うものになっている。
 要するに、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』の公開が実に時宜を得たために、ゾンビ=死者という誤解もその映像中での扱いも一気に知名度を上げたと言ってよいだろう。知名度が上がりすぎて、本来のゾンビがどういうものであったか忘れられたため、吸血鬼との違いがあいまいになってしまったのだ。おかげで、なにもゾンビとして括らなくてもよいものまでゾンビの枠に囲い込む向きがあるようで、日本製の『バイオハザード』がゾンビの怖さをパワーアップしてみせたものだから、アメリカ映画の演出にも大いに影響していると思われる。ゾンビと聞いて「何ソレ?」と反応する人はまずいないに違いない。ただしその常識が誤解によるものであるということは抑えておきたい。
 スティーブン・キングの『ペット・セメタリー』は先住民の呪法で死者が蘇生するというもので、ゾンビと吸血鬼の性質を併せ持った存在ということになるだろう。世に溢れているゾンビと一線を画すのは、群れではなく生前縁のあった人間の所にしか現れないという点であろうか。どちらかといえばこのほうが元祖ゾンビに近いのに、ゾンビと呼ばれないのは、何だか皮肉なものである。ぎこちない動きをする死者の大挙して押し寄せるイメージがあまりに広まったからであり、周り中が見知らぬものに変貌していくという、いま日本に限らず色んな国で見られる社会現象をどうしても想起してしまう。

 さて最初の方で触れた『新感染』(原題名『ソウルからプサンヘ』)の制作者に風刺の意図はあったのかどうか。あったとするとどんな社会現象に対するものだろう。大統領批判か、反日現象か、それとも親日批判か。それらをひっくるめた韓国社会に特有の何かに気づいてのことか。

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