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2019年1月

No.448 (Web版98号)2

SF essay(267回)

川瀬広保

 もう11月も半ばである。寒くなってきた。今年もあとひと月半しかないではないか。いつからこんなに時間が早く過ぎるようになったのだろう。
 時間で思い出すのは、まずH・G・ウェルズの「タイムマシン」。過去へ行ったり、未来へ行ったりすることはよいことなのかよくないことかわからない。いつでも「今」の時代を生きるしかないのかもしれない。
 しかし、人間は未来を夢見たり、過去を変えたりしたらどうなるかなどといつでも考えたがるもののようだ。人間は暦を作り、曜日を発明し、時計を見て、今は何時かと常に気にしている。クラークのエッセイの一文に、人間は時間を気にする唯一の動物であるといった文章があった。
 また、今年は災害が多かった。台風で停電したり、屋根が飛んだりして、かつてないことだった。

 「ゴジラ座」という新しい星座が作られたそうだ。但し、見つけるのは難しそうだ。ゴジラが世界的にも認められているということか。「ゴジラ」は大昔、親に連れられて映画を見に行ったような覚えがある。星座名に限らず、天体名に名前を付けられた多くの有名人がいるそうだ。月のクレーターはもうほとんどすべて名前がついているそうだ。番号のみついているのは、土星や木星の衛星の小さいのだ。イオ、タイタン、テティス、エンケラドゥスなどは有名だが、小さい衛星は番号のみだ。

 話は変わるが、水星へ探査船を日本が飛ばすというニュースに接した。水星は太陽に最も近い惑星だから、灼熱地獄だ。そんなところへ探査船を飛ばして、一番気にかかるのは太陽の高熱だ。それに耐えられるものを作っていかなければいけない。十分考え抜かれての発射だと思うが、宇宙は何が起こるかわからない。金星探査機「あかつき」は今どこにいるのだろう。水星、金星、火星、木星、土星を探査し終えたら、人類はその先まで向かうにに決まっている。冥王星の写真を送ってきたのではなかっただろうか。太陽系を探査し終えたら、どうするのだろう。アルファ・ケンタウルスまで向かうのだろうなあ。
 しかし、探査機は太陽系を探査し終わりそうだが、人類はまだ月へ行っただけである。フロンティア・スピリットがなくならない限り、人類の探究心は続くだろう。そうだ、太陽系外へ行っている人類の探査機があったはずだ。もう電波の交信もできないだろうから、どうなったか誰も知らない。ニュースにもならない。エイリアンがその探査機を見つけて、人類にコンタクトしてくるまで待つとしよう。
 「宇宙を汚してはいけません」と言われるか、「忘れ物です」と届けてくれるか、「友達になりましょう」と言われるか、それらのどれにも属さない予想もしないものになるかもしれない。
 さて、SFマガジンの最新号は「ハーラン・エリスン、追悼特集号」である。過日の「アーシュラ・ル・グイン、追悼号」が出たばかりなのにまた追悼号である。SF界のビッグネームが次々と没していく。残念なことである。

 さて、SFは想像力から生まれるから、人間から想像力を取り去ってしまったら、もうSFというものは存在しない。子どものころは、とっぴもないことを考えるものだが、大人になるにつれ、想像力は枯渇していく。日々の生活に忙しいし、心にひまがない。いつまでもしなやかな考え方ができるようにしたい。そうした意味で想像力を駆使したSF作家たちはみんな素晴らしいと思う。エリスン、ル・グイン、大御所だったクラーク、アシモフ、ハインライン、星、小松、光瀬、筒井等々、SF作家として大成した人たちは、大げさに言えば人類を引っ張ってきたと言えよう。

 さて、この間、スマホの充電ができなくなってあわてた。たいして日常的に使っているわけではないのに、この現代においては、大事なものは、まず命、現金、その次ぐらいがスマホではないだろうか。店に行くと3時間ぐらいかかり、代替機を借りて、翌日また返しに行って、店を出るまでにまた3時間かかった。スマホなど使わずに、固定電話でよいとすればいいのに、社会全体がもうスマホを持っていることが当然なのだ。お金がかかっても。
 使えば使うほど、通信料が後で請求されることがわかっていても社会から取り残されるような気がするのだ。充電できなくなったのは、接触不良だった。小さい精密な機器なので、壊れやすい。
 この前、大停電があって、ほぼ一晩だけだったが、電気がつかなく、テレビもつかないとたよりになるのはスマホだ。充電がゼロになったら不要物としか言えない。
 想像する近未来SFでは、コンピューターがさらに発達して、AIが日常些事を行い、人間は芸術活動にいそしんでいるというストーリーもあった。永遠の未来都市、「ダイアスパー」はそんな設定である。クラークの三原則というのがある。そのひとつが、「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」というものである。未来は、今、われわれが魔法と思っているものでもそのまま当然として使われるのであろう。
 スマホももしかしたらそのひとつだ。時々、壊れるが。

 今、思い出したが、瀬川昌男の「白鳥座61番星」の中に、「シュラフィーネ」という著者発想のエスペラント語に由来する言葉があった。これを飲むと、眠くなっても眠気は吹っ飛び一晩ぐっすり寝たあとのように生き生きと行動できるというものだ。
 想像力が未来を作るのだから、われわれはSFを大事にしなければいけない。かつてSFが想像したいろいろなものが実現しつつあると思うので、SFマインドはいつまでも大事だと思う。

 やがて、年号が変わり、消費税も引き上げられる。SFマガジンも高くなり、いろいろと大変だと予想される。現実は厳しいが、SFの持つ想像力は忘れないようにしたいものだ。

                   (2018・11・15)

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No.448 (Web版98号)1

梶山浩氏の「カースブラッド」についてあれこれ

by 渡辺ユリア

まず、このコミックスを手に取った時、気づいたのが「これが本物の異世界だ!」という帯に書かれた文字。そのあと表紙の絵をみたわけです。
ドラゴン…らしき物のウロコがリアルだなーという感じです。そして思わずカバーを取ってみると、本の表紙絵が右上の絵(印刷版Paper Moon448号参照)なんですね。カラー絵よりも絵のペンタッチが荒々しい…という感じです。でも造形として美しい…と思えるのです。
そしてタイトルの「カースブラッド CURSE BLOOD」とは、辞書で調べると、どうやら「呪われた血(血統)」という意味らしいです。では、表紙をめくるとカラーの口絵、ふしぎな色彩をした空をもつ世界、そして少女が主人公のようです。「…ここは どこ…」少女は不安になります。“夢…だよね…”と自問自答。いきなり恐ろしい生物がおそってくる世界…。いろいろな異形の生き物がおりなす物語…ワクワクしながら読みました。では
                2018.10.26 by yullia

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