No.462(Web版112号)2
SF essay(281回)
川瀬広保
もう2月だ。令和2年2月だ。さて、次はSFMのてれぽーと欄へ送った原文です。
2020年2月号の「創刊60周年記念号」を入手し、早速記念エッセイを読み始めました。筒井康隆と伊藤典夫のお二人の文はまっさきに読みました。
私がSFマガジンに出会ったのは、53号でした。それ以前は「少年少女宇宙科学冒険全集」などをあれこれ読んでいました。SFという語はまだ普及していなくて、それらはまだ私の書斎に何冊か残っています。
そんな中、SFマガジンは、当時高校生であった私には、正直何か問題のある雑誌ではないか、これ一冊でやめようかなどと、書店で手にとった時は思いましたが、問題のあるところではなく、素晴らしい作品がめじろおしの一冊でした。
私はそこで、クラーク、星新一らの名前を知り、この世に早川SFシリーズというものがあることを知り、毎週SFの新刊が出ることがわかり、市内のある書店に出かけては、新刊を手に入れたものです。
60年前は、12歳でした。それ以来、SFファンであることは、まだずっと続いていますし、こうしてSFマガジンを買い続けています。隔月刊になって、少し寂しい思いをしながらも、毎号手に取って、ページをめくっています。
SFマガジンの創刊号や53号以前の号は、職場で隣の人からもらって、保存してあります。私以外にSFマガジンを読んでいる人がいることがわかって、そのころ何となくうれしく思ったものです。SFという略語もSFマガジンで知り、覚えました。今では、SFという略語はほとんど誰でも知るところです。現在、中学臨時講師として働いていますが、生徒も昔と違って、みんなSFという語を知っています。
SFマガジンがこれからもますます発展し、号を重ねられますよう願っています。
さて、SFという語がまだなかったころ、私は天文に興味があった。小学生のころだ。母が買ってくれた「星と伝説」だったかな?学校の図書館にあったかもしれない?という本に載っていたすばらしい土星の写真に魅せられて、中学生になった私は手製の望遠鏡で星を見るようになっていた。
高校生になって私は、SFマガジンに出会った。感動的だった。現実の世界は小さな土星がゆらゆら揺れる視野の中に見えるだけだが、SFとなると、土星に行ったり、天王星にまで行ったり、自由自在なのだ。
SFマガジンはおおげさに言えば、人生の生きがいになっている。
さて、去年の12月28日、NHKが「ドラえもん50周年」記念番組を放映した。民放ならいざ知らず、NHKがこのような記念番組を放映することはそれだけこの国民的番組が世代を問わずいきわたっているということで思わず見入った。ドラえもんが出す秘密道具が近い将来、現実化するだろうという番組で、もう研究している人がたくさんいるとのことだ。
今、臨時講師として働いているが、もうじき3月末までである。臨時だから教育行政のために、いいように使われているというのが実態のように思う。しかし、一応働けることに感謝して最後までいこうと思っている。
ただし、税金や保険料を払うためではないと思っているのだが・・・。
このへんで。
(2020・1・15)
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