No.472(Web版122号)1
火の鳥大地編は手塚作品か?
中村達彦
朝日新聞紙上で毎週土曜日連載されていた小説「火の鳥大地編」が、9月に2019年から続いた連載が終わった。
同作は、手塚治虫のマンガを元に、桜庭一樹が小説化したもので、挿絵は黒田征太郎が担当している。
連載は書き加えた上で、来年単行本化されるそうだ。
手塚が逝去する前に遺した次回描く予定のプロットをベースにしており、そのプロットの存在は聞いていた。が、ストーリーの大半は桜庭による。
火の鳥は、古代日本から未来まで複数の時代に、火の鳥に魅了された様々な人間を描いた幾つもの物語で、何度も単行本やアニメになっており、手塚の代表作の1つと言っても良い。その基本設定や大まかな流れは新聞連載開始前に述べられている。
大地編の話の流れは、日中戦争の最中、上海において、中国奥地の遺跡に眠る火の鳥を求め、間久部緑郎を隊長とする(間久部は、財閥の娘を妻にしているが、夫婦の仲は冷えている)5人の探検隊が出発するところから始まる。
探検隊に関わる人々は様々な思惑が交差し、野心や反発心など一筋縄ではない。
火の鳥の世界観を知っている人は、飲むことで永遠の命を手に入れられる火の鳥の血を求めての探検と想像するだろうが、探検隊が中国奥地についた時、遺跡を知る探検隊の1人の娘が火の鳥との約束を破った過ちを明かし、更に突如現れた探検隊を組織した財閥の大物の告白により急展開する。
その告白は、探検の行程より長くストーリーを占め、物語の鍵である。
数十年前、財閥の大物は平凡な一青年に過ぎなかったが、日本が大陸に進出を開始した頃に、火の鳥を手に入れており、その火の鳥を元に、友人が何年も時間を巻き戻すタイムマシンを開発。以後15回もその力を使って、日本の歴史を都合良く書き換えてきた。青年が、父から受け継いだ会社も火の鳥の力を背景に、財閥として成長したのだ。
最初はタイムマシンを、自分の家族を守ったり、好きな人との結婚のため使っていたが、日清戦争で中国との戦争で負けていた日本を勝たせたのを皮切りに、国策に介入するようになり、いつしか時間を巻き戻すことに躊躇しなくなっていた。
彼の周りには軍や財界の大物が集まり(有名に人物が複数)、鳳凰機関という名前がつけられていた。
火の鳥の力は、日本の国策のため必要とされたのだ。今回もまた。
告白を聞いた間久部が取った手段は……。
時代は太平洋戦争に突入し、それぞれ違う道を進み出した探検隊の面々により、タイムマシンの秘密は握られる。その結末は?
読み終えて、マンガではなく小説で書かれていることもあるが、これまでの火の鳥とは異なっていると感じた。
桜庭・黒田両氏とも手塚やその作品に敬意を払っており、スターシステムで間久部をはじめ正人や猿田と手塚の火の鳥に登場した者が出演している。他にも、文中に手塚作品のオマージュを感じさせるものが登場しているが、手塚ワールドとは認めにくい。
火の鳥が人間に利用される展開も、今までのストーリーからは想像つかないし、話の筋にあちこち疑問を感じる。
手塚の火の鳥はあちこちの雑誌で時代ごとに描き継がれ、一番新しい作品でも32年前になるが、実はSFだったり、火の鳥が登場しない、主人公は火の鳥のことは知らないなど、ストーリーだけでもいろいろ工夫され、現在にも見劣りしない。
桜庭は、明治時代に急速に近代化し、中国やロシアとの戦争に勝利した日本についてその要因を本作のテーマにした。
「火の鳥大地編」は、手塚作品ではないか、小説としては最後まで読ませてもらった。
歴史改変はSFの題材で用いられてきた。機会を見てまた語ってみたい。
今年は、もし手塚が現在も生きていてマンガを描いていたら、とAIに手塚の絵柄を学習させ、新しい手塚マンガを生み出すプロジェクトTEZUKA2020が試みられ、話題になった。
一部の作業は人間が行ったが、AIにより手塚のタッチやストーリーを模倣したマンガが作られ、講談社モーニング誌上において、読み切り全2回で発表されている。
そのマンガは「ぱいどん」というタイトル。近未来、日比谷公園で暮らすホームレスで小鳥のロボットを友とする青年ぱいどんが、ある姉妹に頼まれ、技術者の父親を探してやる。優れた能力で、父親の行方を突き止め、背後にある陰謀を叩き潰すのが大まかな流れだ。
「ぱいどん」の評価は、賛否両論で、「面白かった」「手塚治虫の作品が帰ってきた」と好意的な意見から、「構成や物語のスピード感が伝わってこない」「コマに手塚のタッチを感じない」「このストーリーを手塚が通すだろうか」と否定的な意見もある。
もう亡くなったマンガ家の作品をコンピューターに学ばせ、新しい漫画を描かせるなど、SFの出来事である。ぱいどんの正体や劇中明かされていない謎もあるが、続編が描かれるかまだ不明だ。
昨年、美空ひばりの歌もAIで作られ、モーションキャプチャーで歌っている姿も撮影、紅白歌合戦で歌われ、反響を得た。
手塚も美空も戦後から同じ時期に活躍し、カリスマ的存在であり、共に89年、時代の変わり目に合わせて亡くなった。コンピューターに新作が生み出されるとは。大御所ならではであろう。
課題は多いが、いつか乗り越えるだろう。それが正しいかどうか別にして……。
手塚が亡くなって31年になるが、彼のことや作品については、現在もなお語り継がれている。手塚の作品を、違うクリエイターが異なる感性でリメイクするということも続いている。手塚作品以外にもリメイクされた作品は多くあるが。果たしてこの先。
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