No.474(Web版124号)3
金融な人々(社長の決断)
中井 良景
会社というのは、ひとりでは出来ないことを多くの人や資金を集めて可能にする組織である。株式会社が主流だが、会社(法人)を設立せずに活動している個人企業はもっと多い。
わが国には企業が約四一◯万あり、そのうち法人(会社)が約一七◯万、個人企業が約二四◯万だそうだ。全企業のうち中小企業が九九. 七パーセントを占めている。四一◯万のうち、毎年一万から一万五千の企業が倒産するという。
私は長い間地域金融機関に勤めていた。取引先は中小企業と個人だったから、少しは実態を見てきたという思いはある。私が働いていたこの地域には製造業が多く、特に自動車部品の製造下請けがかなりあった。もちろん自動車関係ばかりではない。建設業も不動産業も金属加工業も繊維産業もあった。ただ、自動車関係の会社のシェアは大きく、その動向は地域にかなりの影響があった。自動車の販売台数は国内景気だけでなく、世界経済の動向や若者の車離れ傾向の影響も受けて、一時に比べて落ち込みが大きくなっていた。今後はEVが主流になるから、さらに当地区の自動車部品製造下請けは厳しくなって、廃業や倒産が増えるだろう。
組織は設立するよりも解散が難しいとよく言われる。企業も同じだ。業績が良い時ならば解散も容易だろうが、そんな時は解散する理由もなく、社長(企業代表)も幹部社員(従業員)も解散しようなどとは考えない。業績が振るわなくなり、赤字が累積してくると初めて企業の終焉を意識し始める。ただ、社長は従業員やその家族を路頭に迷わせるわけには行かないと考え、その気持ちが解散の遅れを助長する。そして、余裕ある解散が出来なくなる。
たとえ余裕がなくとも、資産と負債のバランスがとれていればまだいい。問題は負債過多の場合だ。そんな時は、おそらく銀行からの借入金の返済も滞っている。そんなにきつくはないが、銀行からの返済要請は日増しに強くなり、ある日、社長は視野狭窄に陥った中で、誤った判断を下す。従業員の給与と取引先からの買掛金を支払い、銀行への返済を行うためには保険金を受け取るしかない、と。保険金とは死亡保険金である。中小企業の社長は万一の場合に備えて、多額の保険金を受け取れる保険に入っている。自らの判断で保険に入るケースもあるが、銀行サイドが融資時に保険加入をセットしているものもある。有名なものは個人の住宅ローンだ。借主が死亡したり重度障害に陥ったりした時、保険金で債務を返済出来る仕組みになっている。そんな保険付きの融資を社長は知っているから、周囲に迷惑を掛けないようにと、普段ならば考えないようなことを決断する。
私が直接経験したわけではないが、先輩からそんな話を聞いたことがある。借金を返せなくなったある企業の社長が自殺したのだ。生命保険は普通、自殺の場合保険金が支払われない。が、中には契約後一定期間が経過すれば、自殺であっても保険金が支払われるものもある。社長はそれを分かったうえで決断したのだ。
その先輩はその頃、その会社のメインバンクの支店の支店長だった。支店長は次長とともに亡くなった社長のお通夜に出向いた。焼香を終えて社長の奥様と向かい合った時、その奥様から支店長は大勢の前で怒鳴られた。詳しい内容は知らないが、あんたたちが融資したからあの人は死ぬことになった、というものだ。確かにうわべはそうだ。奥様だって事情は分かったうえで、それでも何かを言わずにはいられず怒鳴ったのかも知れない。支店長と次長は何も言えず、ただ頭を下げ続けることしか出来なかったそうだ。仕方ないだろう。葬儀にも参列し、その後何度か会社を訪問したが、その奥様は全く口を利いてくれなかったという。支店長はかなり落ち込み(ノイローゼになったかどうかは不明だが)、その後暫くして本部に異動になった。何も珍しいことではない。銀行ではよく聞く話だ。
二◯二一年一月
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