No.476(Web版126号)2
金融な人々(情報の非対称性)
中井 良景
銀行とその取引先が保有する情報に差があるとき、“情報の非対称性が存在する” という。こんな難しい言葉を使わなくてもよさそうなものなのに、市場においては当たり前のように使われている。簡単に言うと、銀行は専門知識を持っているが、取引先はそれを知らないということである。
とは言え、銀行と取引先の間では、まだその情報の差は小さいと私は考えている。最近は銀行もかなりややこしい金融商品を取り扱っているが、大多数の取引先に対しては、今でも昔ながらの預金、融資、為替取引が基本だからだ。真に非対称性が著しいのは、デリバティブを組み込んだ金融商品を取引する証券会社と投資家である。素人が手を出すと大火傷する。
金融商品でない普通の商品の取引にも、情報の非対称性はいくらでも存在する。身近な例は自動車である。売り手は自動車の性能について幅広く細かい知識を持っている。買い手が訪ねることについてはほぼ全て答えられるだろう。そうでなくては、販売員は信用してもらえないし、商売にもならない。買い手は全てを質問出来るわけではないから、性能の全てを把握せず(出来ず)に、自動車を購入する。中には、かなり時間が経ってから、こんなはずではなかったと思うケースも出てくるかも知れない。売り手が、当該商品の不具合を知っていながらそれを説明しなかった場合もそれは発生しうる。これは “隠された情報” という犯罪である。まさに、情報の非対称性が存在するがゆえの結果である。
少し話はそれるが、銀行員は取引先の企業が属する市場や業界の動向について、かなり深く把握、理解している。会社の社長や社員ならば自らの会社やその業界について最もよく分かっているはずだが、場合によっては、銀行員はその社長や社員以上に分かっているケースもある。それは、銀行員がそれらについて常に勉強しているのがその一因だが、同業、同規模の企業を比較したり、当該企業の決算書を基に企業分析して、強みや弱点を客観的に見たりしていることが一番大きい。その取引先とその地域のために、如何に役に立てるかと常に考えて行動している故である。
話を元に戻して、銀行と取引先の間の “情報の非対称性” であるが、普通の取引ではほぼ存在しないと考えてよいだろう。しかし、銀行では専門用語がかなり使われている。経験の浅い銀行員や一部のバカな銀行員は、その専門用語を何も考えずに相手にも使う。そうでなくても取引先(特に借り入れをしている先)にとって銀行の敷居は高いのに、これでは情報の非対称性どころか、コミュニケーション不成立が発生しかねない。銀行員たるもの、心しなければならない。
かなり前の話になるが、それまで固定金利型だけだった融資に変動金利型が導入された。まだ市場金利が大きく動いていた頃だから、銀行側が長期金利の金利変動リスクを抑えるために導入したものである。変動のさせ方はいろいろあったが、取引先はこれをよく理解しないまま受け入れていた。契約時、銀行はその仕組みを簡単に説明するのだが、やはり “情報の非対称性が存在” して、借り手側は充分に理解したとは言えないところがあった。当然トラブルも発生した。暫くして、銀行は変動金利の仕組みの説明資料を別途作成し、それを使って丁寧に(銀行側の認識)説明したうえで、借り手から説明を受けた旨のサインをもらうようになった。
また、投資信託の販売を始めたときは、銀行はそのリスクの説明書も作成し、説明したうえで、契約者からその説明を受けた旨のサインをもらうようにして取り扱った。如何に丁寧に説明したとしても、情報差は拭い切れず、銀行が “情報優位者” であることに変わりはない。銀行員たるもの、やはり心しなければならない。
二◯二一年四月
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