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No.500(Web版150号)5

 PM500号記念寄稿

 創作「特別の日」

 中村達彦

 カツーン、カツーン。
 俺はゆっくりと階段を上がり続けていた。ずっと靴が階段の鉄にあたって反響している音が、狭いコンクリートの室内に響いている。
 壁に沿って手摺がついている殺風景ならせん階段。
 下のエレベーターを出て、のぼり始めてからやることが無いので段を数えているが、かれこれ二百段目になるだろう。
 見下ろせば、怖くなってくる。
 右手の時計はあと一時間で正午だ。
 今日は、自分にとっても、世界にとっても特別な日。
 上っているのは俺一人だけだが、靴音も一層大きく聞こえてくる。
 階段の所々に据えられている照明から発せられる薄暗い光は、下から俺の姿を捕らえ続け、重苦しい臭いが階段が始まった時から漂っていた。
 ずっと歩き続けているため、息苦しく深呼吸を繰り返す。足も力がかかっているため、徐々に疲れ、額から微かに汗ばんでいる。
 時々立ち止まって休むが、三回目になるだろう。
 見上げれば、目的地である地上への入り口は三回目の時より近くなっており、もうすぐ着くとわかる。
 少し休んでから、再び歩き出す。
 入口に近付いているが、それは地上に達することを意味していた。地上へ出るのは久しぶりだ。
 地下都市へ入ったのは二年前、その時、皆先を争って下へ向かったものだった。以来地下で過ごし、ついさっき地上へ行こうと思い立ったが、俺と同じように地上へ向かっている者は他にもいるかどうか……。
 そんなことを考えているうちにも上り続け、階段は終わりに。そのまま入口へ。分厚い金属のドアが広がっていた。
 俺はドアの目に立つと、行く前に知った手順通りに、上下に掛かったロックを外した。それから取っ手に手をかけ、力を込めた。
 重い金属はきしみ音を立て、少しずつドアは開かれていく。
 漂っていた重苦しい空気とは違う冷たい風が外から吹きつけてくる。同時に久しぶりに見る地上の光景が視界に入って来た。
 赤茶けた土地。所々に壊れたビルや家が見える。
 ドアを開けきると、地上へ第一歩を踏み出した。そのまま閉めようとせず二歩、三歩と歩いていきながら改めて見回した。
 廃墟と化した建物の瓦礫があちこちに、その周りにコンクリートが散らばっている。アスファルトに覆われた道路も見えるが、コンクリート片や土に覆われて、長く使われていないことがわかる。
 地上にいる人は、今のところ俺だけ。他に人の姿はない。
 彼方の空を黒点のごとく飛んでいる鳥の姿が見える。目につく生物と言えばそれ位か。
 昔この近くで暮らしていた。
 二年前まで、この辺りは、ビルや家が所狭しと建ち並び、老若男女がひしめいていたが、すっかり変わってしまった。
 今は、廃墟に赤茶けた土地ばかり、緑の痕跡もない。
 何度も攻撃を受けたからな。
 ここだけでなく世界の全てが同じような光景かもしれない。
 俺が子供の時、三〇年位前、世界中で石油や石炭を使ったエネルギーを盛んに使ってきたが、温暖化が進み気温が上昇したと騒がれるようになった。南北極はじめ各地の氷が多く溶けたり、森林や山地の火事が急増したと聞く。投棄された大量のプラスチックが海や川を汚し、生態系を悪化させ問題になり始めたのもこの頃だ。
 世界中の環境が本格的に悪くなった時、凶事が重なり、大陸の軍事大国が隣国に攻め込み、エネルギーや食糧で大きなシェアを占めていた両国の戦争は、世界全体に物価高を引き起こした。
 国際社会はこの戦争を非難し、攻め込まれた国の支援と事態の収拾を働きかけたが、軍事大国と友好関係にある国々は、国際社会に敵対する構えを見せた。加えて世界各地の中小国家も次々に反旗を翻す。
 環境破壊に世界各地の国家の抗争、状況はより悪化の一途をたどった。
 俺の住む島国も戦争前から多くの問題を抱えていたが、大して解決できないまま。国際社会をリードする陣営に位置していたため、否応なく大陸の国々と戦争状態に入ってしまった。
 戦争下、地下都市を建設し、人々はかろうじて避難し、それから二年も地下で生きてきた。その間、世界の戦争は激化。大国は大量の核兵器を貯蔵していたが、戦況を有利にするため投入することに……。
 俺の暮らす地下都市は、あらゆるものが不足し、食べるのにも事欠くようになり、そして今日をむかえた。
 過去のことを思い巡らせながら、歩き進んだ。
 腕時計はあと十分で正午。すると何か光るものが見えた。手を伸ばして取った。
 コンクリートの破片で表面にはセラミックが貼られている。建物の表面を覆っていたが、攻撃により破壊され飛び散った。それが、太陽光に当たってセラミックが反射したのだ。
 じっとコンクリート片を見ていると、昔、あるお婆さんから聞いた話が頭に浮かんだ。
 お婆さんが子供だった頃、この島国は戦争をやっていた。日に日に状況は悪くなり、今と同じように、いろいろ物が不足、食べるのにも困るように。やがて毎日のように飛行機が飛んで来て爆弾を落とすようになった。家々は焼け、たくさんの人が死んだ。生き残った者も、すぐ後を追って死ぬと思った。
 だがある日、突然、戦争が終わった。その報を知らされ、最初、信じられず呆然となったとのこと。
 いつの間にか戦争になり、被害を出す。今度の戦争は飛行機じゃなくて、ミサイルがどんどん撃ち込まれたけど、同じことが繰り返されたのだ。
 コンクリート片を持ったまま歩き出す。
 以前は、時計の針のように、時間を戦争や環境破壊の起きる前まで巻き戻せられればと、願わずにはいられなかった。それはかなわない、今は意味がないとわかっていたのであるが。
 腕時計の針が正午を示した。
 と、同時に甲高いサイレンの音が辺り一帯に響き始めた。俺は手のコンクリート片を放ると、急いで元来た道を駆け、階段入口へ戻った。サイレンが鳴ることは、階段を上る前に予め聞かされていた。
いよいよ始まるのだ。
 心臓は、これから起きることに興奮して高鳴りを感じていた。
 入口まで来たところで、一分位鳴り続けたサイレンが終わった。
 十秒ほど置いてから、次に俺の立っていた見渡す限りの地面が揺れ出した。同時に耳をつんざく轟音が下から聞こえて来た。
 大きな地震のごとき揺れで、バランスを崩しそうになり、必死に入り口に寄りかかる。
 眼前の赤茶けた大地は、亀裂が入りながら盛り上がっていく。轟音の中で瓦礫や古い道路は失せ、代わりに下から真新しい白亜の高層ビルやパイプチューブに似た道路が次々に姿を見せ、せり上がっていった。
 地下都市や前に地上にあったビルや道路より新しく進んだもの。
 初春の地面で植物が一斉に芽吹いたかのよう。
 数分もすると、揺れが収まり、轟音も止んだ。
 入り口から離れ、立ち上がると、さっきまで瓦礫が広がる土地だった場所には、近代的な都市が形作られていた。
 とその時、入り口の下の方、さっき上った階段から歓声が聞こえて来た。たくさんの人が駆け上がって来る気配も続く。
 慌てて横へ寄せると、走って来た人たちは上にたどり着き、空いたままになっていたドアから、俺に気付かないまま、地上へ走り出した。
 その中には、地下都市でずっと一緒だった知り合いの顔も複数ある。
 サイレンが鳴るや、先を争ってエレベーターに乗り、それから階段を走って来たのだ。
 少し離れた所にある小さい山々にも幾つもドアが開かれて、大勢の人が溢れ出ている。彼らもずっと地下都市にいた人たちだ。
 そのまま、地上に出たばかりの建物へ向かって降りていく。
 どの顔も嬉しくてたまらないと笑顔を浮かべ、スマートフォンで写真を撮っている姿もある。
 皆嬉しいだろう。だけど、俺が一番乗りだぞ。
 群衆を見ながら、俺は湧き上がる優越感に浸っていた。
 地下都市に避難してからの二年間のことは奇跡とも言える。
 世界は全面戦争を引き起こし、環境破壊も加わって、滅んでいたかも。
 だが貯蔵していた大量の核兵器を投入する寸前に、大国の首脳陣はぎりぎりで思い留まった。全面戦争になれば、核兵器でどの国も無事では済まない。それより、各国も持っているものを提供し助け合おうと、紆余曲折はあったが、最後にまとまった。
 それから世界中の国々が持っている技術や資本、情報その他を提供し、集めてから分配する政策が進められた。破壊された都市に替わる新しい都市を地下に建設する。環境保護、再生を念頭に入れ、石油や石炭と言った化石燃料より太陽や水素、風力と自然エネルギーを積極的に導入した。
 一旦決まった再建と再生は、急スピードで進んだ。
 それから世界中の国々は、世界大戦勃発手前になったが、その後、力を合わせて再建に歩み出したことを記念するようにと、都市の完成を皆同一にするように決めた。
 地下都市で暮らしていた俺は、それを知ると、いち早く一番乗りで見届けようと思い立った。今日は人類にとって、記念する日なのだ。
 二年も地下で窮乏していた人々は新しい都市へ殺到し、喜んでいる。
 と、空の彼方から幾つも爆音が聞こえて来た。
 眼を向けると、飛行機雲を引いて丸い物体が空高く飛んでいく。
月へ鉱物資源を取りに行く宇宙機だ。全部で六機。うち一機はこの島国で作られた。月面にはいつの間にか有人基地を建設していた。これまで地球の資源を乱掘していたが、世界共同で宇宙開発に力を入れていくとのことが決まった。環境保護の対策も幾つか立てられているそうだ。
 人々は、頭上を飛んでいく宇宙機に気付いて、大声を出して呼びかけたり、手を振っている者もいる。
 宇宙機は、スピードを上げながら、編隊を組んで、上昇していった。あっという間に小さい黒点になっていく。
 地下都市から地上に出て来る人は、まだ続いている。
 俺は、前に聞いたお婆さんの話の続きについて思い出した。
 戦争が終わって、人々は最初呆然となったが、夜は空襲に備えて、ずっと明かりを点けることが禁止されていたが、それが解除され、夜も明るくなった。加えて少しずつ物資が回るようになり、何よりも戦争で死ぬ恐れがなくなってから、やがて人の顔に笑顔が戻って来たとのこと。
 繰り広げられている光景は昔と同じものだな。
 俺は、自分で思ったことに頷くと、他の人たちに混じって、地上に出現したビルに向かって走り出した。
 今日は破滅の日ではない。そうだ。記念すべき始まりの日なのだ。

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