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2023年10月

No.505(Web版155号)1

「寝煙草の危険」のことなど

 中嶋康年

 「寝煙草の危険」はアルゼンチンの女性作家マリアーナ・エンリケスの短編集で2018年の「MY BESTS」で5位につけた「わたしたちが火の中で失くしたもの」の著者の第一短篇集。第二短篇集の「わたしたち…」が英訳され世界的に名が知られることになったので、この第一短篇集も陽の目を見ることになった。本人はロックファンであり、ファッションもロックバンドTシャツやシルバーアクセサリーが好みということもあり「文学界のロックスター」と呼ばれたり、作風がホラー寄りなので「ホラープリンセス」と称されたりしている。
「寝煙草の危険」は今年の5月、国書刊行会発行で、今どき珍しい穴の開いた函入り、表紙はベルベットのような触感で銀の箔押しと相当凝っている。お値段もそれなりで、税込4180円。Kindleの電子書籍なら2500円だけど訳者のツイッターによると、紙版は今、品薄で重版がかかっているということなので売れ行きはよさそう。
 表題作は7ページほどの短い作品で、そのモチーフとなっているのは表紙のイラストになっている「蛾」である。ある晩、パウラが焦げ臭さに目を覚ました。まず部屋のなかを見回ったが異常がなかったので外へ出てみると、近所のアパートの火事だった。管理人の話を聞くとそのアパートの6階に住む老婆が寝煙草をして出火したらしい。自分のアパートには延焼しそうもないので部屋に戻ったパウラはベッドの上でシーツをかぶって煙草に火をつけた。その中に電気スタンドを入れたり、シーツに煙草で穴をあけたりしていると、小さな蛾が入ってきたので、煙を吹き付けたりしていたら死んでしまった。この作品にはあまりホラー要素はないが、老いた自分への不安が伝わってくる。エンリケスは1973年ブエノスアイレス生まれ。今年で50歳だから、まだそれほどに年齢ではないのに。
 ホラー色が強いのは、最初の短編「ちっちゃな天使を掘り返す」。裏庭を掘り返していたら小さな骨が出てきた。父は取り合わなかったが、おばあちゃんはそれは幼くして亡くなった自分の妹の骨だと言って泣き叫んだ。その時から私には他人に見えないゾンビの小さな女の子がつきまとうようになった。
「ショッピングカート」ある日ショッピングカートを押した身なりの汚い老人が道を歩いていたが、路上で粗相をしたりしていたので、住民が彼を邪険に扱うと、近所で事件や災難が起きるようになった。
 呪術師が登場する「湧水池の聖母」「井戸」、本物のセックスには興味は持てないが、心臓の音に魅入られてしまい“心音フェチ”になってしまう女性の話「どこにあるの、心臓」、圧巻は本書中最長60ページの「戻ってくる子供たち」1970年代後半から80年代前半にかけてアルゼンチンの軍事政権下で起きた市民に対する拉致監禁事件を題材にした中編で、死んだはずの虚ろな子供が街に大量に溢れ返る。その他「悲しみの大通り」「展望塔」「肉」「誕生日でも洗礼式でもなく」「わたしたちが死者と話していた時」の全12編。
読売新聞での池澤春菜氏の書評には「人生には何度か、読むことで自分が変わる本との出会いがある…/…自分が言葉で塗り変わっていく、書き換えられていくような、鳥肌立つ経験。ああ、出会ってしまった、という諦念にも似た気持ち」とある。

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No.504(Web版154号)3

 鳥山明のサンドランドを観た

 加藤弘一

鳥山明のサンドランドを観た。
2000年にジャンプで連載されたマニヤックな冒険マンガが映画化されるというのは珍しい事だと思う。
河川が枯れてしまったとある国の保安官の老人と人々から恐れられている悪魔のベルゼバブの仲間たちがタッグを組んで幻の湖を探す物語である。
実は悪魔たちは純な性格で水を求める人々に国軍から水を奪って与えていたのだ。
それを知った保安官が協力を頼んだのである。
ベルゼやシークの活躍で旅は何とか続き、思いもよらぬ結末を迎える。
まさにハリウッドで実写で作られても遜色のないアクションが展開され笑いあり涙ありのストーリー、ぜひ観て下さい。

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No.504(Web版154号)2

 架空戦記について(後編)

 中村達彦

 1989年、昭和から平成に替わり、ヨーロッパでは共産圏が崩壊、中国では天安門事件が発生。翌年にはイラクがクウエートに侵攻、湾岸戦争が勃発した。日本は経済大国であったが、バブルがはじけて陰りが。
 目まぐるしく世界情勢が変わる中で、日本の立場や太平洋戦争について見直された。アメリカに追従するばかり、お金を出しても国際的立場が低い状況が明らかに。
 もし太平洋戦争に負けていなかったら、昔の日本は独力で国際政治に挑んでいたが。潜在的にあったが、その題材を扱った架空戦記小説が多く出回った。複数の出版社が手がけ、ちょっとしたブームを起こす。
 SF作家が書き、シリーズ化され、アニメにもなった作品もある。
「紺碧の艦隊」(荒巻義雄)。山本五十六は戦死するが、記憶を持ったまま38年前の世界に転生。同じ者が少なからずおり、彼らと力を合わせ、クーデターで新しい政府を樹立し、潜水艦を中心とした新鋭艦隊でアメリカ後にドイツと戦い、恒久平和の世界を目指す。
 1990年からスタート、20巻を超えるロングランに。アニメ、コミックや外伝「旭日の艦隊」シリーズもある。
「ラバウル烈風空戦録」(川又千秋)。戦争を生き抜いたある戦闘機パイロットの回想録と言うかたちで進む。読んでいくうちに、実際の戦争と少しずつ経緯が異なっていき、烈風や架空の戦闘機が登場していく。登場する飛行機の細かい蘊蓄が語られている。
 1988年からスタート、97年まで書き続けられ、タイトルを「翼に日の丸」と変えて、再刊行、完結した。
「覇者の戦塵」(谷甲州)。満州事変時に中国東北部で巨大な油田が発見される。これをきっかけに、連鎖的に、日本の状況を悪化させる事件が起きなかったり、史実ではおざなりになった技術や組織的な欠点が改善されていく。太平洋戦争は起こるが、日本軍は善戦する。地味ながら、堅実に進む。
 1991年からスタート。角川書店から中央公論新社に替わり、最終巻間近。
 他にも山田正紀、田中光二、田中文雄(草薙圭一郎)が架空戦記小説を書いている。
 少し後、SFは低迷期に入り、そこから若手で青山智樹、林譲治、横山信義、佐藤大輔らも加わっていく。
 架空戦記小説は、判官びいきで「何だこれは」と言う作品も多かったが、面白く、アニメや特撮のネタが入っていたり、史実について再認識させてくれる作品もあり楽しめた。
 個人的に、日本も欠点多く、太平洋戦争に勝てる可能性は少ない。その通り、戦争に負けて多くの都市が破壊され、植民地は皆失い、軍備もゼロで、国がアメリカに占領された状態だったが、急速に民主主義国家になり、経済大国になった。信じられない展開だ。
 1941年太平洋戦争を選択しなくても、政治体制がそのまま、陸海軍も強力なままであったら、50年代か60年代に日米開戦に突入。即座に原爆を何発も落とされ、陸海軍も主要都市も壊滅。アメリカとソ連に分割され、史実より悲惨な可能性もあったと思う。
 特に印象に残っている架空戦記小説は、檜山良昭が1989年に書いた「新・大逆転!太平洋戦争を阻止せよ」だ。
 派手な戦闘はなく、シミュレーションゲーム小説と銘打っているが、SFである。
 檜山は、1981年「日本本土決戦 昭和20年11月、米軍皇土へ侵攻す!」を書き、以来20年にわたって、架空戦記小説や未来の戦争ものを多く発表した。
 兵器や歴史上の人物について造詣が深く、戦闘シーンも迫力が大きい。
「新・大逆転!太平洋戦争を阻止せよ」は、大学助教授西条秀彦は、日本の首相が賢明な選択をしていれば、戦争は避けられた筈と言うが、ある企業が自社で開発したゲームをプレイして欲しいと依頼してくる。
 1936年から41年まで日本の首相を務め、戦争を起こさないことが勝利条件。
 西条は引き受け、今で言うバーチャル・リアリティのゲームに挑む。コンピューターで作られた歴史上の人物と交渉し、知人そっくりで敵か味方かの官房長官や秘書の補佐を受け、思っていた政策を進めていく。
 クーデターが発生したり、ソ連に占領され、激痛を伴う痛みを味わい、平和な後世の時代だから戦争を回避できたと安易に言えたことを悟る。そして最後のチャレンジ……。
 西条のキャスティングは渡辺徹で。2時間程度のドラマで映像化して欲しかった。
 現在、架空戦記小説は昔ほどのブームはないが、萌えミリタリーと絡み、「艦これ」「ガールズ&パンツァー」など話題作続く。
 映画にもなったマンガ「アルキメデスの大戦」は架空戦記だし、横山信義は架空戦記小説で新作を発表し続けている。
 横山が24年前に書いた「星喰い鬼」は宇宙SFだが面白かった。人間ドラマも豊かでこう言う話をどんどん書いて欲しい。加えてSF大会でお会いしたことがあるが、氏は良い人で、今後も活躍を願う。
 架空戦記小説を書きながら、宇宙戦争SFでも注目されている林譲治も。2021年に「星系出雲の兵站」で星雲賞、日本SF大賞を受賞したが、ハヤカワ文庫で太平洋戦争前の日本で、宇宙人とのファーストコンタクトがある「大日本帝国の銀河」を書いた。
 架空戦記小説から出た作家が、SFを動かしていっている。
 現実には、ロシアとウクライナの戦争は続き、日本近海でも中国や北朝鮮との情勢悪化が取りざたされている。本当の戦争が起きかねない。終戦から78年、日本も、世界も賢明な選択を続けるように願ってやまない。

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No.504(Web版154号)1

 Sci−con2023 アフターレポート

 by 渡辺 ユリア

 8月5日〜6日さいたま市JR浦和駅前の通称浦和パルコ10Fの浦和コミュニティセンターでおこなわれました。私が10Fのエレベーターから降りた時、前のほうに白く動くものが見えました。尻尾が動く恐竜みたいな姿。後でヒゲキタさん作の “うちのシロ” というのがわかりました。尻尾の動きがなめらかです。
 開会式の後、12時半〜14時は “大陸規模の大望遠鏡計画SKAって何?”に行きました。世界15カ国以上の国々が共同で建設するSKA計画の紹介でした。パネリストの三人の方々は大学の準教授や国立天文台の方でした。その大望遠鏡が完成したら、どういった部門に使えるか?という話でした。
 次の分科会はがらっと変わって “異世界の休日” に行きました。“異世界居酒屋のぶ ” “異世界居酒屋げん” など転生ではない異世界の物語の作者 蝉川夏哉(せみかわなつや)さんと司会の方と蝉川さんの友人のSF作家さん、三人のトークショーでした。楽しかったです。例えば海鮮丼の話では、朝、担当の方から電話で海鮮丼の話にして下さいと連絡があったので、急遽お店に食べに行って、その日のうちに短編を書いたり・・・という話でした。
 そして6日 “DAICONⅣ40周年と日本沈没の逆襲” に行きたかったのですが、席がなかったので別の所に行きました。“UFOとオカルトとSF ” の分科会でした。去年も行ったUFO企画です。昔の雑誌の話が多かった。昔の雑誌は良くも悪くもカオスでしたね。「ムー」がアニメ情報載せてたり、SFマガジンがUFO情報載せてたり・・びっくりでした。「UTAN【ウータン】」という雑誌が科学雑誌として創刊されたそうです。これは「NEWTON【ニュートン】」とライバル誌だったそうです。驚きです。
 そして11時半〜13時 “架空世界における世界設定の作り方” この分科会は小説を書こう、と思っている者にとって有意義でした。書きたいものをカードにして袋に入れ(できれば3こ)目を閉じてひとつ掴む。そして選んだものを組み立てる。とか。楽しかったです。
 閉会式 暗黒星雲賞の授賞式楽しかった。“ うちのシロ ”が企画とコスチューム部門で受賞しました。どうやって動くのか、とおもいました。
 では、この辺で              yullia 2023 8.18

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