No.504(Web版154号)2
架空戦記について(後編)
中村達彦
1989年、昭和から平成に替わり、ヨーロッパでは共産圏が崩壊、中国では天安門事件が発生。翌年にはイラクがクウエートに侵攻、湾岸戦争が勃発した。日本は経済大国であったが、バブルがはじけて陰りが。
目まぐるしく世界情勢が変わる中で、日本の立場や太平洋戦争について見直された。アメリカに追従するばかり、お金を出しても国際的立場が低い状況が明らかに。
もし太平洋戦争に負けていなかったら、昔の日本は独力で国際政治に挑んでいたが。潜在的にあったが、その題材を扱った架空戦記小説が多く出回った。複数の出版社が手がけ、ちょっとしたブームを起こす。
SF作家が書き、シリーズ化され、アニメにもなった作品もある。
「紺碧の艦隊」(荒巻義雄)。山本五十六は戦死するが、記憶を持ったまま38年前の世界に転生。同じ者が少なからずおり、彼らと力を合わせ、クーデターで新しい政府を樹立し、潜水艦を中心とした新鋭艦隊でアメリカ後にドイツと戦い、恒久平和の世界を目指す。
1990年からスタート、20巻を超えるロングランに。アニメ、コミックや外伝「旭日の艦隊」シリーズもある。
「ラバウル烈風空戦録」(川又千秋)。戦争を生き抜いたある戦闘機パイロットの回想録と言うかたちで進む。読んでいくうちに、実際の戦争と少しずつ経緯が異なっていき、烈風や架空の戦闘機が登場していく。登場する飛行機の細かい蘊蓄が語られている。
1988年からスタート、97年まで書き続けられ、タイトルを「翼に日の丸」と変えて、再刊行、完結した。
「覇者の戦塵」(谷甲州)。満州事変時に中国東北部で巨大な油田が発見される。これをきっかけに、連鎖的に、日本の状況を悪化させる事件が起きなかったり、史実ではおざなりになった技術や組織的な欠点が改善されていく。太平洋戦争は起こるが、日本軍は善戦する。地味ながら、堅実に進む。
1991年からスタート。角川書店から中央公論新社に替わり、最終巻間近。
他にも山田正紀、田中光二、田中文雄(草薙圭一郎)が架空戦記小説を書いている。
少し後、SFは低迷期に入り、そこから若手で青山智樹、林譲治、横山信義、佐藤大輔らも加わっていく。
架空戦記小説は、判官びいきで「何だこれは」と言う作品も多かったが、面白く、アニメや特撮のネタが入っていたり、史実について再認識させてくれる作品もあり楽しめた。
個人的に、日本も欠点多く、太平洋戦争に勝てる可能性は少ない。その通り、戦争に負けて多くの都市が破壊され、植民地は皆失い、軍備もゼロで、国がアメリカに占領された状態だったが、急速に民主主義国家になり、経済大国になった。信じられない展開だ。
1941年太平洋戦争を選択しなくても、政治体制がそのまま、陸海軍も強力なままであったら、50年代か60年代に日米開戦に突入。即座に原爆を何発も落とされ、陸海軍も主要都市も壊滅。アメリカとソ連に分割され、史実より悲惨な可能性もあったと思う。
特に印象に残っている架空戦記小説は、檜山良昭が1989年に書いた「新・大逆転!太平洋戦争を阻止せよ」だ。
派手な戦闘はなく、シミュレーションゲーム小説と銘打っているが、SFである。
檜山は、1981年「日本本土決戦 昭和20年11月、米軍皇土へ侵攻す!」を書き、以来20年にわたって、架空戦記小説や未来の戦争ものを多く発表した。
兵器や歴史上の人物について造詣が深く、戦闘シーンも迫力が大きい。
「新・大逆転!太平洋戦争を阻止せよ」は、大学助教授西条秀彦は、日本の首相が賢明な選択をしていれば、戦争は避けられた筈と言うが、ある企業が自社で開発したゲームをプレイして欲しいと依頼してくる。
1936年から41年まで日本の首相を務め、戦争を起こさないことが勝利条件。
西条は引き受け、今で言うバーチャル・リアリティのゲームに挑む。コンピューターで作られた歴史上の人物と交渉し、知人そっくりで敵か味方かの官房長官や秘書の補佐を受け、思っていた政策を進めていく。
クーデターが発生したり、ソ連に占領され、激痛を伴う痛みを味わい、平和な後世の時代だから戦争を回避できたと安易に言えたことを悟る。そして最後のチャレンジ……。
西条のキャスティングは渡辺徹で。2時間程度のドラマで映像化して欲しかった。
現在、架空戦記小説は昔ほどのブームはないが、萌えミリタリーと絡み、「艦これ」「ガールズ&パンツァー」など話題作続く。
映画にもなったマンガ「アルキメデスの大戦」は架空戦記だし、横山信義は架空戦記小説で新作を発表し続けている。
横山が24年前に書いた「星喰い鬼」は宇宙SFだが面白かった。人間ドラマも豊かでこう言う話をどんどん書いて欲しい。加えてSF大会でお会いしたことがあるが、氏は良い人で、今後も活躍を願う。
架空戦記小説を書きながら、宇宙戦争SFでも注目されている林譲治も。2021年に「星系出雲の兵站」で星雲賞、日本SF大賞を受賞したが、ハヤカワ文庫で太平洋戦争前の日本で、宇宙人とのファーストコンタクトがある「大日本帝国の銀河」を書いた。
架空戦記小説から出た作家が、SFを動かしていっている。
現実には、ロシアとウクライナの戦争は続き、日本近海でも中国や北朝鮮との情勢悪化が取りざたされている。本当の戦争が起きかねない。終戦から78年、日本も、世界も賢明な選択を続けるように願ってやまない。
| 固定リンク
コメント