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No.508(Web版158号)2

 豊田さんについて

 加藤弘一

豊田さんについて平井和正さんがこう記している。
「エイトマンがアニメ化された時、私がストーリーのメイン スタッフにされてしまったがSFを書けるシナリオライターが居ない。そこで後輩の豊田達に応援をお願いした。質の良いシナリオが出来たお陰でエイトマンは視聴率が上がりついには先行のアトムを上回るまでいったが、豊田をアトム側にスカウトされてしまった。そのため視聴率は逆転した。」
当時のコーヒー一杯のお値段は60円、シナリオの原稿料は2〜300円だったので良い収入であった。
ちなみに、木材の価格は桧1立方メートル3万円。令和5年の今は2万円で下がっている。
その頃は日本SF界の黎明期であり発表する場もなくこうした仕事をコツコツこなしていたのであろう。
自分は「猿の惑星」のパロディ「イルカの惑星」が好きだった。
豊田さんは「宇宙戦艦ヤマト」ではSF設定を担当し後に、原作権は松本零士にあると主張した。
以前ヤマトスタッフの集まりがあった時、西崎プロデューサーは運転手付きのロールスロイスで登場し、帰りはハーレーダビットソンを持って来させて、革のバイクスーツに着替えて颯爽と立ち去った。しかし、その後雷雨になり革が水で縮まって死にそうな目にあったらしい。
皆に見せびらかして自慢した報いだと豊田さんは綴っていて、こんなに儲けたのだから原作権位松本さんに譲ってあげれば良いと言っていたのだ。
歴史ファンタジー「ヤマトタケル」も面白かった。
続きは向こうで書いているのでしょう。
ご冥福をお祈りします。

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